理性と感情のその先で求めてる。



「Mariko!」

「え?」

ギューとハグされ、ブチューとキスされるまで僅か数秒。
そして。

「おい!!!」

引き剥がされるまではコンマ…速すぎて計測不能だ。

「あんた、いったい…」

「ロジャー?」

「Yes!マリコ、久しぶりだね」

グレーアッシュヘアの背の高い外国人は、マリコの手を握るとブンブンと上下に振る。

「ほんと!もう何年ぶり?」

「君がうちに研修に来た時以来だもんな。数十年ぶりだ」

「懐かしいわ。元気だった?」

「見ての通りさ。すこし腹回りが立派になったけどね」

「そう?ところでどうして日本に?仕事?」

「プロファイリング活用術の公演依頼が警視庁からあったんだ」

「ロジャー、今もプロファイリングを?」

「まあね。これでも、その世界では有名人になったみたいだよ」

「すごい!昔から努力家だったものね」

「君も同じだろ」

「それじゃあ、京都へは観光?」

「まぁ…」

ロジャーは言葉を濁す。

「マリコ。リョウ・ソウマを知ってるだろ?」

「相馬くん?ええ、もちろん」

思いもよらぬ名前に、マリコは驚きつつも頷いた。

「実は先日、初めて彼と仕事をしたんだ。彼はなかなかユニークだね」

「そうだったの!確かに変わり者だけど、でも相馬くんは優秀よ」

「それは僕も認める。彼と色々話しているうちに、君のことを思い出してね。懐かしくて話してみたんだ。そうしたら、なんと君の同僚だったっていうじゃないか…。それで、僕は運命を感じたんだ」

「運命?」

「マリコ。昔、話したこと覚えてる?」

「?」

「あの頃僕らは寝る間も惜しんで実験に没頭して、上司に言われただろう?お前たちは婚期を逃すタイプだって」

「ああ!そんなこともあったわね」

「その後、二人とも結婚できなかったら、二人で結婚したらどうだって話になって。それもいいなって、お互いに答えたことも覚えてるかい?」

「え?」

「僕は今でも独身なんだ」

「あの、私は………」

「マリコはバツイチなんだろ?リョウが言ってた」

「…………」

「要するに、今、僕たちはフリーだ」

「あ、あの、ロジャー?」

「結婚しよう、マリコ」

「へ?」

「僕は君となら上手くいく気がするよ。夫婦として、仕事の同士として」

「だけど、あの、私は…」

マリコはちらりと土門の顔を伺うが、土門からは何の感情も読み取れない。

「何か結婚できない事情でもあるのかい?」

「と、とにかく。今ここですぐに答えは出せないわ。私たち、数十年分ぶりに再会したばかりなのよ」

「ふむ。確かに。だったらお互いのこれまでの人生を共有しよう。マリコ、今夜の予定は?」

「え?と、特には…」

「だったら僕のホテルへ来て。食事をしながらゆっくり話そう」

「ホ、ホテル?」

「そう。ええと…ここだよ」

ロジャーは自分の名刺を取り出すと、その裏に走り書きをしてマリコへ渡した。

「時間は何時でも構わないよ。着いたらそのナンバーに連絡して。それじゃあ、後で」

ロジャーは手を挙げると、背中を向ける。

「あ」

そうかと思えば振り返り、改めてマリコに近づく。

「?」

「Bye, honny」

置き土産のキスをひとつ。
マリコは真っ赤になって、頬を隠した。




「榊、ちょっと来い!💢」

明らかに苛ついた声の土門は、白衣ごしにマリコの腕をつかんだ。そして有無を言わさず、マリコを引っ張っる。

「待って、土門さん。もうすぐ、分析結果が…」

「なに?」

ドスの聞いた返事に、宇佐見が一歩進み出た。

「マリコさん。私が確認しておきますよ」

「宇佐見さん、お願いします。こいつ、しばらく借りますね」

マリコより先に土門が答えると、皆もコクコクと頷き、二人を見送った。

「土門さん、めっちゃ怒ってましたね」
「そりゃ、目の前であんなシーン見せられたらねぇ」
「おまけにプロポーズまで」
「マリコさん…大丈夫でしょうか?」

上から順に、亜美、日野、君嶋、宇佐見のセリフだ。
全員は天井のその先を見上げた。




皆の視線の先、屋上に土門とマリコの姿はあった。

「土門さん、痛いわ。離して」

「悪い…」

土門はつかんでいた手を解く。

「あいつ、誰だ?」

「ロジャー?私がアメリカに出向していたときの同僚よ」

「付き合っていたのか?」

「え?誰と誰が?」

「お前とあの外国人に決まってるだろ!」

「まさか!一緒に仕事をしていただけよ」

「だけど、結婚の約束をしたんだろう?」

「それは…。上司にからかわれたから、そんな風に答えただけよ。ジョークだわ」

「本当か?」

「当たり前でしょう?大体、数十年ぶりに会ったのよ。これまで連絡も取っていなかったし。ロジャーは昔から思い込んだら一直線というか…周りが見えなくなるタイプなのよ。落ち着いて話せば、自分がどれだけ馬鹿げた提案をしているのか気づくと思うわ」

思い込んだら一直線。
周りが見えない。
それはまるで……すんでのところで、土門は言葉を飲み込んだ。しかし、同時にマリコの言葉に引っかかりを覚えた。

「落ち着いて話す…って、お前、あいつのホテルへ行くつもりか?」

「ええ。会って、ちゃんと話してくるわ」

「駄目だ!」

「どうして?」

「どうしてって…ホテルの男の部屋を訪ねるってことが何を意味するのかわからないのか?」

「部屋には行かないわ。ラウンジで話して帰るから大丈夫よ」

「とにかく駄目だ。どうしても行くというなら、俺も行く」

「ええ?土門さん、今夜は宿直でしょう?」

「うっ…。し、しかしだな………」

「大丈夫よ」

その根拠のない自信はどこから来るのか。
土門はため息を吐いた。

「仕方ない。状況は逐一連絡しろ。いいな!」

「はい、はい。わかりました」


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