土門薫編
「マリコさん、今夜土門さんに会いますよね?これ、渡してもらえますか?」
「え?」
「みんなからです」
そういって渡されたのは小さな花束だ。
みんな…亜美に呂太、蒲原もニコニコとしている。
「私、別に土門さんに会う予定はないわよ?」
「え?今夜、ですよ?」
亜美は今夜と確認するように、強調する。
「ええ」
「で、でも。土門さんはもう退社されましたよ」
「そうなの?何か予定があるのかしら」
「だから、その予定はマリコさんでは?」
蒲原はマリコへ身を乗り出すようにたずねる。
「いいえ。みんな何故そう思うの?」
「えー!だって今日は、土門さんの誕生日だよ?」
最後通告は呂太の口から発せられた。
「!?」
マリコはハッとすると、時計を確認し、すぐにソワソワしだした。
「ご、ごめんなさい。私、今日はもう帰るわね。この花束はもし土門さんに会えたら渡しておくわ」
返事も待たずに、マリコはバタバタと支度をはじめる。
「お先に…いたっ!」
デスクの角にぶつかりながらも、そのまま帰っていった。
「………………マリコさん、忘れてたね」
「だね」
「……………」
この時ばかりは、三者三様。
土門に深く同情した。
マリコが自宅へつくと、駐車場に停車していた車の一台から、黒いシルエットが現れた。
「今帰りか?」
「土門さん!!!」
「何だ?どうした」
マリコの勢いに、土門は目を丸くしている。
「何だ、じゃないわよ。ここで何してるの?」
「んー。月をな、眺めていた」
「月?」
「ああ。満月は昨夜だったが、今夜もいい月だからな」
「でも、なんで…ここで?」
「そりゃ、お前に会えるかもしないからだ」
「だけど、もし私が残業だったらどうするつもりだったの?」
「その時は、その時だ。俺たちの仕事はそういうもんだろう」
「そう、だけど……」
「もういいさ。ちゃんと帰ってきたじゃないか、お前は。その花束はあいつらからか?」
「あ。…………うん。土門さんのお祝いに渡して欲しい、って」
「そうか。お前、あいつらに聞いて慌てて帰ってきたんだろう?俺が来るかもしれないと思って。そうだな…………大方、慌ててコンビニでビールでも仕入れて?」
マリコは手にしたビニール袋を鞄の裏側へと隠す。
その様子に笑いながら、土門はマリコの背中をトンと押す。
「ほら!部屋に入れてくれないか」
「ええ…」
鍵を開け、玄関で靴を脱ぐ土門の肩に、マリコはそっと触れた。
「本当にごめんなさい」
もういいと言っているのに、マリコの顔は暗い雲に覆われている。
誕生日こそ、
「だったら来年は忘れるなよ?」
「…………………………うん」
自信なさげな表情は、何とも正直だ。
土門が思わず吹き出すと、マリコもつられて笑った。
控えめだけれど、自然な笑顔。
そんな顔を見られたことが、土門には何よりの贈り物だ。
ただ、これにおまけがつけば言うことはない。
「榊」
「なあに?」
窓もない狭い玄関。
それでも土門の目に映るのは、見惚れるほどの満月。
「俺に言うことはないか?」
「おめでとう。土門さん………」
甘えるように囁くマリコ。
「それから?」
土門の手がマリコの
「そ、れ、から…プレゼント、は、んっ…………」
土門に侵食されて、
「お前がいいんだが?」
ああ、今宵は。
「月が綺麗ですね」
fin.
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