ミッションインポッシブル
写真撮影当日。
病室の前では早月が首を長くして主賓らの到着を待ちわびていた。
「あ、来た!マリコさーん」
「早月先生、お待たせしました」
「うん、うん。待ってたわよ♪見て見て、力作♡」
マリコが病室をドアを開くと、ベッドまで赤い絨毯が敷かれ、撮影用に用意されたビロードの椅子が並んで置かれていた。
そして…。
写真の背景となる壁にはハートのバルーンがいくつも浮かんでいる。
「すごい…」
「でしょう?亜矢と作ったのよ。どうせなら沢山あったほうが絶対カワイイよね、って話になって…でも作りすぎたかしら?」
ははは、と早月は藤倉の目を気にして、後頭部の髪を掻き崩す。
「いや、問題ない。ああ見えて、おふくろは乙女チックな趣味があるんだ…」
確かにトキヱは目を輝かせている。
「いや〜、かわいい。マリコさん、ここに立ってみて」
「は、はい」
手招きされて、マリコは浮かんだバルーンの真ん中に立つ。
「似合うわー。アイドルも顔負け。甚一。あんた、こんな可愛らしいお嫁さん見つけるなんて、でかした!」
「…………」
とても嬉しそうなトキヱを見て、この場の全員が段々と後ろめたさを感じ始めた。
その時、トキヱは初対面の男に気づいた。
「甚一。その人は?」
「ああ。紹介が遅れたな。さ…マリコの兄だ」
「はじめまして、榊です」
「お兄さんですか!はじめまして。甚一の母です」
「本当は両親がご挨拶できたら良かったんですが、どうしても日程が合わなくて。申し訳ないと言付かってきました」
土門は淀みなく考えていたセリフを口にした。
「何を言うんですか!マリコさんみたいな美人な妹さんと、甚一みたいな男の結婚を認めてもらっただけでもう十分です。ありがとうございます」
「いえ…」
「ところで、お兄さんは京都におすまいですか?」
「はい」
「失礼ですが…、お仕事は何を?」
「えっと…ですね。その、ぎ、銀行に勤めています」
「そうですか。ご立派ですね」
「いえ…」
両家の挨拶が済んだところで、早月がマリコに声をかけた。
「さ、マリコさん。手伝うから着替えましょう」
「では、我々も着替えよう。おふくろ、少し待っていてくれ」
「わかった」
トキヱを残し、みなは一旦病室を出た。
隣の個室はマリコの控室になっていた。早月がメイクとヘアアレンジを施し、マリコの着替えを手助けする。
「ん?マリコさん。随分とシンプルなデザインのドレスにしたのね?」
「土門さんに選んでもらったんです。これがいいんじゃないかって」
「ふーん」
早月はドレス姿のマリコをまじまじと眺める。
もちろんマリコに似合っているし、美しいと思う。
だけどマリコのスタイルなら、もっとタイトなデザインや露出の多いものだって十分着こなせるだろう。
「なるほど。それは着せたくなかったわけか…」
「早月先生?」
「マリコさん、愛されてるわねぇ」
早月はやれやれと首を振る。
「?」
「いいの、いいの、わからなくて。それがマリコさんだもんね」
「???」
クエッションマーク飛び交うマリコを笑いながら、早月は最後の仕上げにマリコの唇へルージュをひいた。
「うん、完璧。綺麗よ、マリコさん。土門さんも見惚れるわよ、きっと」
早月は少し…土門が気の毒になった。
お芝居とはいえ、自分の恋人が他の男のためにウェディングドレスを着るのだ。
「さっさと自分のものにしちゃえばいいのに」
「何ですか、先生?」
「何でもないわ。みんなが待っているから、行きましょうか?」
「はい」
マリコはグローブをはめると、小ぶりのブーケを手に立ち上がった。