ミッションインポッシブル



元気だといいつつも、慣れない長距離の移動にいくつもの検査。高齢の身ではきっと疲れているに違いない。
マリコは藤倉一人を病室へ残し、予定より早く土門のいる待合所へ戻った。

「もう戻ってきたのか。上手く行ったか?」

「うーん、どうかしら。明後日、ウェディングドレスを着て写真撮影することになったわ」

「はあ?どこからそんな話に…」

土門は開いた口が塞がらない。

「お母さまの希望なのよ。土門さんはその時にお母さまにご挨拶してね。多分、一緒に撮影することになると思うわよ」

「なんで俺が…」

「家族写真が撮りたいんですって。お兄ちゃん!」

「からかうのはよせ」

「でも写真撮影は本当よ」

「お前、本当にドレスを着るつもりか?」

「仕方ないもの」

「藤倉部長がモーニングか?」

「そうなるわよね、恋人なんだから」

「……………」

今になって、やはり土門は気に入らない。
そもそも自分でさえまだ見たことのないマリコのウェディングドレス姿を、他の男の隣で見なくてはならないなんて、よく考えればなんと屈辱的なことか!

「どうかした?」

「なあ。やっぱりやめないか?こんな部長の母親を騙すようなこと」

「でも今になって『実は嘘でした』なんてわかったら、ショックで体調を崩してしまうかもしれないわ」

「………」

マリコの言うことにも一理ある。

「わかった。その代わり、お前が着るドレスは俺にも一緒に選ばせてくれ」

「え?ええ。いいわよ、別に…」




マリコの自宅に戻った二人は、さっそくテーブルにカタログを広げた。
時間がないため、店舗に在庫があるものから選ぶことになる。

「病室での撮影になるから、シンプルなデザインなものがいいわよね…これなんてどうかしら?」

マリコは写真を指差す。

「それは肩が出すぎじゃないか?」

「そうかしら?じゃあ、これは?」

「背中が開きすぎだろう」

「どれもこんなものなんじゃない?」

「いや、別のドレスにしよう」

「んー、これはどう?」

「ボディラインが強調されすぎる」

「こっちは?」

「胸元が開きすぎだ」

「もう!いったいどのドレスならいいの?」

片っ端からNGを出されて、マリコは頬を膨らませる。

「そうだな…。これなんていいんじゃないか?」

土門が選んだのは、上半身はシンプルなノースリーブで、腰元にあしらわれた大きなレースのリボンがアクセントになったドレスだ。リボンから裾に向かってたっぷりなドレープがゴージャスだが、トータルで見るとそこまで派手でもなく、かといっておとなし過ぎもせず、絶妙なバランスのデザインだ。

「ん、そうね。これなら…」

マリコも納得し、さっそく予約の電話をかけ始めた。


その背中を眺めながら、土門はマリコのウェディングドレス姿を想像した。
本当は、着させたいデザインのドレスは別にあった。けれど、それはマリコが自分の花嫁として隣に立つ日までとっておこう…土門はそう心に決めた。

「よかった、予約できたわ」

「そうか。ところで、ドレス以外のものはどうするんだ?」

「うん。ドレスと一緒にレンタル予約ができるらしいからお願いしたわ」

「ほう、便利だな」

「そうなのよ。部長の衣装も一緒に予約するように言われていたから、土門さんの分と2着頼んでおいたわよ」

「俺のも?」

「ええ。黒のモーニング」

「………やっぱり一緒に写らないと駄目か?」

「お兄ちゃんがいないと、家族写真にならないでしょ?」

土門はおどけたマリコの顎を掴むと、少々強引に唇を合わせた。

「!?…………ん…………ふぅ……………んんっ!」

長い長い口づけ。
酸欠になりそうで、マリコは喘いだ。
それを合図にようやく唇が離れる。

「土門さん、苦しい!」

「“お兄ちゃん”はこんなキスしないだろ?」

「当たり前じゃない。それに“お兄ちゃん”っていうのはお芝居でしょ!」

「“お兄ちゃん”が芝居なら、本当の俺は何なんだ?」

「何って…」

「俺は、お前にとって何だ?」

「それは……………」


「キス、したい人……かな?」


蚊の鳴くような声と、真っ赤な頬。
それだけで土門には十分だった。

「榊………」

ワンオクターブ優しくなった呼び声に、マリコは目を閉じる。
そして、キスしたい人の唇を待った。


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