道知辺
「また、ですか?」
「そうだ。先方が是非にと、お前を名指ししてきた」
「…………………」
藤倉の話は、春からの人事異動の件だった。
「お前の丁寧な指導ぶりを見て、これから警察官を目指す若者を正しく導いて欲しいと校長から直々に電話があった」
少し前、土門は警察学校で教鞭をとった経験がある。短い期間ではあったが、若者との触れ合いは土門にとってもよい刺激となっていた。
「お前もそろそろセカンドキャリアを考えてもいい頃だろう。無理にとはいわないが、警察学校へ移れば昇進試験の勉強もできる。警部補より警部として退官するほうが何かと都合がいいはずだ」
藤倉の言うとおりかもしれない。
正直、最近はすぐに息があがって犯人の追跡もままならない場面が多い。記憶力や推理力も目に見えて衰えつつある。まだまだ若い者には負けない…そんな風に思うこと自体、もう負けている証拠だろう。
だったら。
醜態を晒す前に一線を退くというのも悪くないかもしれない。生活は安定し、自分の時間も増える。
そうなれば、もう無理だと諦めていた「家庭」というものを持てるかもしれない…。
「少し考えさせてもらえないでしょうか」
「もちろんだ。ゆっくり考えて、悔いのない答えを出せ」
「はっ」
土門は一週間後の返事を約束し、刑事部長室を辞した。
まず何をすべきか、土門は考える。
一番はもちろん、自分がどうしたいか、だ。
刑事を続けるか、後進の育成に力を注ぐか。
しかし、ここですでに土門は迷ってしまった。
刑事であり続けたいという気持ちは大きい。だが人を見守り育てる、そのやり甲斐もまた同じくらいの比重があるのだ。
「相談、してみるか……」
土門はスマホの電話帳をフリックし、懐かしい名前を見つけ出した。出てもらえるかは分からないが、ダメもとで通話ボタンをタップした。