you are my …



早月は従姉妹のマリコを心配していた。
ここ数日、マリコは自室にこもったまま食事にも手を付けていないらしい。娘を心配した父親から早月にSOSが届いたのだ。
早月も電話をかけたり、家を訪ねたりしたが、マリコは部屋から出てこない。

「原因なら………あの人しか考えられないわよねぇ」

翌日、早月は陸軍の駐屯地へ向かった。



「こんにちは。お弁当でーす!」

「早月ちゃん、今日も元気だね」

「大尉は少しお腹が出てきましたね。ご飯は小盛りにしたほうがいいですよ!」

「……参ったな」

時々仕出し弁当の配達に陸軍を訪れる早月は、軍人にも知り合いが多い。

「ところで、土門少尉はこちらにいますか?」

「生憎だが、少尉は別の駐屯地へ視察に行っているよ」

「あ、そうでしたか」

「何か用だったのかい?」

「いいえ、そういうわけでは」

「少尉と言えば、早月ちゃん知ってるかい?」

「何をですか?」

「縁談が進んでいるらしいよ」

「え?」

「恩人の娘さん…だったかな。最近、事故で怪我をしたらしくて、看病も兼ねてもう一緒に暮らしているそうだよ」

「それ、本当ですか?」

「ああ。本人から報告はまだ受けていないけれどね。実際に少尉がその女性と一緒に家から出てくるのを見た人間がいるんだ」

「大尉、そのお宅どこかわかりますか?」

「わかるよ、家の近所だ」

早月はその足で並川邸へ向かった。



「ここか………」

早月は立派な門扉をくぐると、ぐっと拳を握った。

「よしっ。………たのもー」

「早月さん?」

討ち入りか!と言わんばかりの勢いで乗り込もうとした早月は、背後から名前を呼ばれて出鼻をくじかれた。

「はい?」

振り返ると、そこにいたのは買い物籠を下げた土門少尉だった。

「土門少尉!…………買い物?」

「ええ、まぁ…」

恥ずかしそうに籠を後ろに隠すが、大根の葉がこぼれ出ている。

「今日は何か…?」

「『何か』じゃないですよっ!ここのお嬢さんと結婚するって本当なんですか?」

「え?結婚??」

「そうです!陸軍内でも噂になっていましたよ。結婚相手のお嬢さんが怪我をして、その看病をするために少尉が一緒に住み始めたって」

「なっ…!?」

少尉は驚きに目を丸くしている。

「私、土門少尉はマリコさん一筋だと思っていたのに…」

「誤解だ。確かに雪絵さんが事故で怪我をしたのは本当です。右手が使えないので治るまで手伝いに住み込んでいるが…彼女との縁談話は断りました」

「……………」

早月は疑わし気に少尉の顔をうかがっている。

「本当です!」

「それ、マリコさんは知ってるんですか?」

「毎日手紙を出していますよ」

「でもこの数日、マリコさんは部屋に閉じこもったままなんですよ」

「それは、本当ですか!」

土門少尉は思わず早月に詰め寄る。

「はい。心配したおじさまから連絡をもらって、私もマリコさんの家に行ったけれど会ってもらえませんでした。電話にも出てくれないんです。食事もしていないみたいで、皆で心配してるんです」

「そんな………」

「少尉。もしかして、手紙が届いてないってことは…?」

「いや。毎朝散歩に出る雪絵さんに、郵便局へ届けてもらっているんです。届いていないなんてことはありえない」

「じゃあ、マリコさんはどうして部屋に閉じこもっているのかしら」

「……………今からマリコさんに会いに行ってみます」

少尉は籠を玄関に置くと、再び外へ出る。
しかし、それを止めた人物がいた。雪絵だ。

「待ってください、少尉。腕が痛むんです。今日は側にいてください!」

雪絵は必死で少尉を引き留めようと、軍服の裾を掴む。

「しかし…」

「彼女のところに行かないで!」

「雪絵…さん?君はマリコさんのことを知っているんですか?」

はっ、と雪絵の手の力が緩む。

「い、いいえ。以前少尉からお話を聞いていたので、それで…その……」

しどろもどろになった雪絵は、ふらふらと下駄箱にぶつかった。すると、その振動で下駄箱の裏からバサバサと何通かの封書が落ちてきた。

「これは!!!」

それはマリコに宛てた土門少尉の手紙だった。切手に消印はない。

「ち、違うんです!」

慌てて拾おうとする雪絵より先に、早月が何通かを手に取った。

「この手紙開封されてる。あなた、人の手紙を隠しただけじゃなくて勝手に読んだの?最低ね」

「だ、だって…」

雪絵は土門少尉に抱きついた。

「彼のことが好きなの。彼と結婚したいの。少尉から連絡がなければ、あの人も諦めると思ったの!」

少尉は雪絵を引きはがす。

「雪絵さん、マリコさんに会ったんですか?」

「…………」

「雪絵さん!」

初めて聞く少尉の強い声に、雪絵はびくっと肩を震わせた。

「何日か前に…うちを訪ねて来られました」

「なぜ自分に教えてくれなかったんですか?」

「だって、彼女に会ったら、少尉が…帰ってしまうか、も、しれない…と思って……」

雪絵は半泣きの声でしゃくりあげる。

「なんてことだ。それじゃあ、マリコさんは自分のことを誤解して…」

少尉はダンッ!と壁に拳を打ち付けた。
何度も、何度も。関節に血がにじむほどに。

「少尉、やめてください。血が…」

雪絵が必死にその腕を引くが、少尉は雪絵を振り払い、なおも拳を上げる。
だがそこで早月が口を挟んだ。

「少尉。自己嫌悪に陥るのは勝手だけど、それより先にすることがあるんじゃないですか?」

ピタッと少尉の動きが止まる。

「早く会いに行ってあげて。誤解を解いてあげて。それができるのは少尉だけなんですよ」

少尉は早月に大きく頷いた。
そして、改めて雪絵に向き直る。

「雪絵さん。あなたがどんなに想ってくれても、自分はあなたと一緒にはなれない」

「少尉、私は………」

「マリコさんは自分の全てなんです。彼女なしでは、もう……生きてはいけない」

そう呟く少尉は、まるで引き裂かれた心の臓が痛むかのように胸に手を当て目を閉じる。
雪絵だけでなく、早月もまた少尉の言葉に心を揺さぶられた。

そこまで。
土門少尉という人はそこまで深く、強く、激しく、一人の女性を想い求めている、愛している。
そしておそらくは、マリコも。

この二人の間には愛や恋という感情を超えた、もっと何か…運命のような結びつきがあるようだ。

「もう自分はここには戻りません。後のことは家政婦を手配するので安心してください」

もっと早くにそうするべきだった。
土門少尉は自分の愚かな過ちが、この世でもっとも大切な人を傷つけてしまったことにようやく気づいた。そして、そんな自分を許すことができない。
それができるとするなら、それは…。


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