殺意の善光寺
一行が京都府警に到着すると、まもなく捜査会議が始まった。
冒頭、藤倉によって千津川と鶴井が紹介された。
互いに挨拶を済ますと、早速千津川が事件の概要について話し始めた。
「手元の資料を見てください。被害者は坂井田直哉さん、28歳。無職。いわゆる半グレだったようです。家族構成は妻が一人、子どもはいません。死因は青酸化合物による中毒死。自殺とは考えにくい状況から、我々は殺人の面から捜査を開始しました。こちらの事件と関連があるのではないかと気づいた理由は、被害者のスマホに書き込まれていたスケジュールです。そこには、京都にある善光寺の住所が残されていました。しかし実際には、被害者は長野の善光寺で殺害されました。さらに土門警部補から京都の善光寺でも死体が発見されたと聞き、我々は連続殺人、もしくは関連殺人が疑われると考え、京都府警へ合同捜査を依頼しました」
千津川は藤倉に軽く会釈した。
藤倉も同じように礼を返した。
「千津川警部、こちらの被害者も毒殺が疑われるのですが、同じ毒物だと思いますか?」
土門の質問は、千津川も気になっていた部分だ。
「そこは死因が判明次第、こちらの科捜研に分析をお願いしたい」
「もちろん、お受けします!」
「榊!」
日野を従え、マリコはさっそうと現れた。
「藤倉部長。解剖に時間がかかり、遅れてすみません」
「死因は判明したのか?」
「はい。青酸化合物による中毒死でした」
「やはり…」
千津川は思わず呟く。
「榊さん、お久しぶりですな」
ニコニコ笑顔を見せる鶴井に微笑み返すも、すぐにマリコは表情を引き締めた。
「千津川警部、挨拶は後ほど。毒物の資料はお持ちですか?」
「ええ。捜査資料はここに」
USBメモリを千津川はマリコへ渡した。
「こちらで使用された毒物と比較してみます」
「よろしくお願いします」
「続いて、蒲原。こちらの事件について説明しろ」
藤倉に名指しされ、蒲原は概要を読み上げる。
「被害者は簑島冬樹さん、年齢48歳。大手証券会社の長野支店長です。家族は奥さん一人。こちらも子どもはいません。そしてこの被害者のスマホには長野県善光寺の写真が保存されていました」
「ではこの仏さんも、善光寺違いをしていたというわけですか?」
鶴井の質問に、誰も答えられずにいた。
どう考えても腑に落ちない。
名前が同じとはいえ、いくらなんでも長野と京都を間違えるなんて考えにくい。
ましてや、片方はあの有名な善光寺なのだ。
「よし。まずは千津川警部にも協力してもらい、被害者の交友関係を徹底的に調べる。科捜研は毒物の鑑定を急げ」
「はい!」
「榊さん。お元気そうですね」
捜査会議がお開きになると、千津川がマリコに声をかけた。
「千津川警部!あの時は母ともどもお世話になりました」
マリコは深々と頭を下げて、感謝を伝える。
「いや。お母さまもお元気ですか?」
「それはもう!」
その返事に、千津川はバイタリティー溢れるマリコとよく似た女性を思い出して微笑んだ。
「よかったです」
「それにしても奇妙な事件ですね。連続殺人なのかしら?」
「犯行現場がかなり離れている。同一犯の犯行というより犯人が複数いると考える方が自然でしょう」
「俺もそう思う」
土門も加わり、3人は情報を整理していく。
「千津川警部、自分と被害者の奥さんに話を聞きに行きませんか?」
「はい。ぜひ、そうさせてください」
「榊。毒物の鑑定、急いでくれ。もし同じものなら出処を探れば何かわかるかもしれん」
「そうね。やってみるわ」
「では千津川警部。車を回してきますので、待っていてください」
千津川とマリコは土門の背中を見送った。
「前回も思いましたが、彼は熱い刑事ですね」
「え?」
「きっと上司に逆らうことも厭わず、犯人逮捕のためなら我が身も顧みないのではないですか?」
「よくわかりますね!」
マリコは目を丸くしている。
「そりゃ、わかりますよ。警部にそっくりですからね」
「鶴さん!」
突然の割り込んできた鶴井の一言に、千津川は“まいった”という表情を見せる。
「お二人は素敵なコンビなんですね。羨ましいです」
「何を仰る!それはあなた達だって。いや、あなた達こそ素晴らしいコンビだ」
鶴井はそういうと、「いきますよ!」と千津川を促し、二人はエントランスへ向かった。
「マリコくん?具合でも悪いの?」
「え?いえ。所長、どうしてですか?」
「だって顔が赤いから、熱でもあるのかと思ってさ」
「…………大丈夫です」
思わず自分の手で頬を隠すようにして、マリコは恥ずかしそうに小声で答えた。
「千津川警部のせいだわ」
去り際、「素晴らしいコンビだ」と褒めてくれた鶴井に、千津川がぼそりと付け足したのだ。
「公私ともにね」