殺意の善光寺
同じ頃、京都府警の屋上ではスマホの着信が輪唱していた。
「土門だ」
「はい、榊」
「なに?殺し?」
「すぐに戻るわ」
「榊」
「土門さん」
「現場でな」
「ええ」
そんな短い会話で全て伝わる。
二人は走り出した。
「土門さん。お疲れさまです」
「おう」
先に現場へ到着していた蒲原は、土門を見つけると事件の詳細を伝える。
「被害者は
「長野?」
「はい。所持品に名刺もありました。大手証券会社の長野支店長みたいですね」
「長野の人間が、京都の善光寺で殺害されたなんて洒落にもならんな」
「土門さん」
土門から遅れること数分。
現場に到着したマリコは、すでに検視を始めていた。
「殺しで間違いないか?」
「ええ。毒殺の可能性があるわ。すぐにご遺体を洛北医大に運んで」
「わかった。ところでこの被害者、長野の人間らしい」
「そう」
マリコは何も感じないようだ。マリコらしいといえばそれまでだが。
土門は「すぐに手配する」とマリコに告げると、現場の捜査員たちの指示に向かった。
一方のマリコも車に戻ると、各自に次の仕事を依頼した。
「採取した物証をみんなで手分けして鑑定してほしいの。私は解剖へ立ち会ってくるわ」
「洛北医大ですか?」
「ええ」
「それじゃあ、通り道ですから送り……」
そう、宇佐見が言いかけたとき。
「榊!」
マリコを呼ぶ大きな声がした。
「今行くわ!」
声のした方へそう返事をすると、マリコは宇佐見に向き直った。
「ごめんなさい。何の話だったかしら?」
「いえ。私達は先に科捜研へ戻って、鑑定を進めます」
「よろしくお願いします」
マリコはそそくさと土門のもとへ向う。
宇佐見はその後姿を見送ると、バンの運転席へ乗り込んだ。
「なに?土門さん」
「宇佐見さんと何を話していたんだ?」
土門は、質問に質問で返した。
「え?別に…。先に科捜研へ戻って鑑定を進めてくれるっていうから、お願いしますと話しただけよ」
「そうか」
「ええ。それがどうかしたの?」
「いや。乗れ、榊。洛北医大まで送る」
「ありがとう、助かるわ」
マリコは特に何も考えず、ただいつものように助手席におさまった。マリコにとってこの展開は当たり前のルーティンなのだ。乗り慣れたセダンに、今座っている助手席。
すべていつもマリコのすくそばにある。
それに慣れすぎて、いつしかマリコは忘れていた。
形あるものは必ず消えゆくのだ。その時が早いか遅いかの違い。
物質の存在において『永遠』なんて定義はあり得ない。
そしてそれに気づいたときには、もう。
――――― 遅い。