殺意の善光寺
「……さん、マリコさん!」
はっ、とマリコが目を開けると亜美の顔があった。
「亜美ちゃん?」
「マリコさん、土門さんが…」
急激に巻き戻される記憶。
「土門さん?土門さんがどうしたの?まさか……」
「見つかりました!」
「……え?」
「土門さんは無事です。今は病院ですが、生きてます!」
「ほん……とう?」
「はい!」
亜美は元気いっぱいにうなずく。
「よか…よかった……………」
マリコは自分で自分の体を抱きしめると、肩を震わせる。
ここが職場だからとか、亜美の前だからとか、そんなことを気にするのも忘れていた。
ただ嬉しくて。
「土門さん…」
亜美はマリコを残し、そっと鑑定室を出た。
数分後、いつも通りのマリコが現れると、その場には蒲原と千津川がいた。
「マリコさん、大丈夫ですか?」
「ええ。それより土門さんはどこで見つかったの?」
「工事現場です」
「工事現場?」
「はい。実は………」
蒲原の説明は今から30分ほど前に遡る。
「蒲原さん」
電話番をしていた婦警が蒲原に声をかけた。
「はい?」
「あの、
「瓜生?」
蒲原は記憶を辿る。
「土門さんのことでお話があるそうです」
「すぐに代わってください!」
瓜生とは、京都にある
以前、マリコの母親が長野で起きた殺人事件の嫌疑をかけられた際、土門と蒲原、長野コンビで須藤組を訪れたことがあった。
「蒲原です!」
『須藤組の瓜生です。蒲原さん、土門さんをうちの病院で預かっています』
「本当ですか!それで、土門さんは、土門さんは無事ですか?」
『はい。脱水を起こしていましたが、命に別状はありません。うちの医者が、検査のため二、三日は入院させたいと言うんですが、大丈夫ですか?』
「それは…大丈夫です。あの、なぜ土門さんが瓜生さんのところに?」
『実は今日、うちの下請けの工事会社が請け負った現場で地鎮祭がありましてね。私が代表で参加したんです。そうしたら、掘ってあった穴にビニールシートが捨てられていたんですよ。引き上げてみたら人が包まれているというんで、慌てて開いてみたら土門さんだったんです。救急車を呼ぶより、うちの病院へ運んだほうが早いと判断して、そうさせてもらいました』
「そうでしたか…。ありがとうございます」
『何か事件に巻き込まれたんですか?』
「はい。連絡が取れなくなって探していたんです」
『そうでしたか。須藤からもしっかり面倒を看るように言いつかっていますので、土門さんのことは安心してください。体力が回復したら府警までお送りしますよ』
「ありがとうございます」
『それでは』
「と、言うわけなんです」
「そうだったの。でもよかったわ。土門さんが無事で。本当によかった」
そういって笑顔を見せたマリコに、科捜研メンバーもほっと胸を撫でおろした。
しかし、蒲原の話はまだ続いていた。
「でもマリコさん、それだけじゃないんです」
「え?」
「もしかしたらと思って、瓜生に坂井田さんのことを聞いてみたんです」
「それで?」
「知っていました。坂井田さんはクスリの売人だったそうです」
「え?」
「でもどこかに属しているわけではないので、勝手にシマを荒らす迷惑者としてあちこちの組からマークされていたそうです」
「それが殺害動機に関係しているのかしら…」
「榊さん」
ここにきて千津川が声をあげた。
「私はずっと坂井田さんが長野で殺害されたことに疑問を抱いていました。ですが、それがクスリの取り引きに絡んだ理由だったら少しは納得できます。わざわざ長野へ足を運んだのは大口の取り引きか、仕入れがあったのかもしれない。そしてその場所に善光寺を指定された」
「なるほど。千津川警部、私は土門さんを拉致したのは簑島すみれさんではないかと思っています。今の千津川警部の推理に簑島すみれさんはどう関係していると思いますか?」
「坂井田さんを呼び出したのが簑島すみれだとして。確かにただ受け渡しのためだけに、わざわざ長野まで来る…というのは少し考えづらいですね」
「ええ。それに捜査報告書によれば坂井田さんのスマホには『下京区、善光寺』とあったんですよね?」
「そうです。もう少し坂井田さんと簑島すみれの関係を調べてみなければなりませんね…」
千津川は腕を組んだままそう漏らすと、あとは深く考え込んでしまった。