殺意の善光寺
午前6時ちょうど。
鳴り出したスマホのアラームを止め、女はベッドから起き上がる。裸足のまま、ペタリ、ペタリと冷えた床を歩き、キッチンへ向かった。
ダイニングテーブルは昨夜のまま。用意した食事は皿の上で冷たくなっていた。
女はその皿を手に取ると、シンクの三角コーナーに中身をぶちまけた。
「あなた、昨日も帰ってこなかったんですね」
女は寝室に戻ると、置き忘れていたスマホを開いた。
着歴が一件。
「今夜は残業で遅くなる」
「残業?…いったいどんな女の腹の上で残業だったのかしら」
下卑た笑いを浮かべた女は、素早く画面をフリックしSNSを起動した。
そこは、女が唯一心安らぐ場所だった。
「やめてぇ!」
かな切りが部屋中に響く。
「うるせぇ!うるせぇ!!うるせぇ!!!」
怒号と、ドカッ、バキッと何かが壁にぶつかる大きな音が続く。
やがて、すすり泣く女の声。
「売りでもソープでも何でもいいから、金稼いでこい!この能無しがっ!」
乱暴な音を立てて玄関の扉が閉まると、室内はようやく静けさを取り戻した。
一人残された女は、痛む全身を引きずるようにして洗面台へ向う。鏡に映った自分の顔は、もう人間のそれではない。あちこち切れて血がにじみ、顔全体が腫れ上がっている。口を濯げば、排水溝へも血液混じりの水が流れていった。
「うっ………」
悲しくても、痛みで涙さえ流せない。女はその場に崩れ落ちると、ポケットに入れたままのスマホを取り出した。そして、電源を入れるといつものようにSNSに救いを求めた。
名前も境遇も年齢も、何もかも違う二人の女。
共通していることは、生に絶望していることと、殺したいほど憎い男がいるという点。
女たちの指がほぼ同時に動く。
画面に打ち込んだのは…。
#殺人依頼