追憶



長年刑事を続けていると、胸が締め付けられるほどの切ない事件に何度もぶつかる。

例えば、非道な被害者のために、罪を犯すしかなかった被疑者。
例えば、愛している相手を殺害するしかなかった老老介護の夫婦。

どれも、罪は罪だ。
刑事ならば見逃すことはしない。
それでも、一人の人間としてはそれは正しいことなのかと自問してしまう。
そしてその度に、自ら疑問に蓋をする。
そうして何年もこの仕事を続けてきた。

だが、どうにも耐えきれず、叫びだしたくなる瞬間もある。
それは仲間を見送らなければならないときだ。

今まさに、土門はその場に立っていた。

葬儀場は警察関係者が多く、喪主である両親はひっきりなしに頭を下げている。

祭壇の遺影はひどく若い。
意思の強そうな眉は、彼の正義感の現れだろうか。
まだまだこれからの活躍が楽しみな若い刑事だった。
土門は何かと彼に目をかけていたのだ。

ふと、昔。
自分の目の前で冷たく横たわっていた部下を思い出した。
「立て。報告しろ」と怒鳴っても、彼は何も答えてはくれなかった。

土門はぎりぎりと手のひらを握りしめる。
爪が肉にくいこみ、ピリピリと痛む。
だがそうしていなければ、堪えきれそうにないのだ。

その様子を見て、隣に立つ人物が土門の手に触れた。
ひんやりとした冷たさに、土門は言ってしまった。

「いいか?」

「え?」

「もう、辞めてもいいか?」

何を、とは言えない。
でも、もうこんな目に遭うのはまっぴらだった。
もう開放して欲しい。

「いいわよ」

予想に反して、答えはあっさりとしたものだった。
触れるだけだった手を、マリコは土門の指に絡めた。

「あなた一人くらい、私が食べさせてあげるわよ」


二人の背後で、その発言に目を丸くする老紳士が一人。
それは伊知郎だった。
何故彼がここにいるのかというと、喪主の父親と親交があったからだ。

伊知郎もまた、自分より先に子が旅立つ不運に見舞われた友人に心を痛め、駆けつけていたのだ。

そんな中で耳にした娘の言葉。
伊知郎はかつて同じように言われた日のことを思い返した。
その言葉は、友人の死の責任に押しつぶされそうな自分を救ってくれた。

帰ったら母さんに教えてあげよう、と伊知郎は娘夫婦の後ろ姿に目を細める。
今の二人は信頼と絆で支えあい、そして愛情で互いを包んでいる。

「いい夫婦になったね、まーちゃん」

感慨深い呟きの後で。

「……でも、僕たちにはまだまだ敵わないけどね」

伊知郎は横浜で自分の帰りを待つ、可愛らしい妻の顔を思い出していた。



fin.




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