パワーバランス
「どうかしら?」
「似合ってはいるが…」
土門は鼻の下を伸ばしつつ、眉間にシワを寄せるという、至極複雑な表情を見せる。
「襟や袖のついているデザインも色々あるだろう。そっちも見てから決めた方がいいんじゃないか?」
「そうかしら?でも風丘先生にカタログを見せたとき、先生も『これが一番似合う』って太鼓判を押してくれたのよ」
マリコは土門の意見に不服そうだ。
「決めたわ。私やっぱり、これにする。これが一番気に入ったんだもの」
「いいでしょ?」と上目使いに問いかけられては、嫌とは言えない。
こと、これに関しては彼女が主役なのだ。
「わかった。お前が気に入ったのにすればいい」
土門は嘆息し、渋々うなずいた。
清々しい秋晴れに恵まれた、大安吉日。
紋付の黒留袖に身を包んだマリコの母は、娘の晴れ姿に喜びひとしおだ。
「マリちゃん、ステキ!すごく似合ってるわ〜」
いずみはマリコを褒めちぎる。
「ありがと、母さん。ちょっとメイクを直してくるわ」
メイクスタッフに呼ばれ、上機嫌なマリコがドレッサーに向かうと、いずみは近くに立っていた土門にたずねた。
「あの子にしては大胆なデザインを選んだものね。あなたが薦めたの?」
「いいえ、逆です。自分はもう少し…その、大人しいデザインを着て欲しかったのですが、どうしてもあれがいいと本人が」
「あら、そう。でも嫌なら嫌って、マリちゃんに言ってもいいんじゃないかしら?」
いずみには土門の心の内が丸見えのようだ。
いくら似合っているとはいえ、マリコが選んだのはチューブトップのデザイン。
肩から胸元まで広く開いていて、多くの人の目にマリコの肌をさらすことになる。
ようやく手にした自分だけの宝物なのに、他の人間に見せるなんて面白くない。
本当は、「マリコが減る!」と土門のイライラはつのるばかりなのだ。
「しかし、今日の主役は彼女で、自分は相手役ですから」
精一杯物分かりのいい振りをしても、クスッと一笑されてしまった。
「何を言うの?二人が主役でしょ。“あなた達の”結婚式なんだから」
いずみは近くにいたスタッフに声をかける。
すると一度部屋を出ていったスタッフが箱を手にして戻ってきた。
「マリちゃん」
「なあに、母さん」
「これをつけてみたら?」
そういっていずみが差し出したのは、レースのつけ襟。
花嫁の急なトラブルで肌を出せなくなったときの応急処置として、式場に用意されていたらしい。
上品な刺繍はほのかに肌色を残しながらも、肩のラインは絶妙に隠れる。
「つけたほうがいい?」
「顔周りが華やかになるわよ。それにね」
いずみはちらっと、新しい息子を見る。
「初夜が過ぎるまでは、花嫁は肌を隠すものよ。最初に見せるのは花婿さんにしておあげなさい」
「「!!!」」
顔を見合わせ、気恥ずかしいばかりの二人。
いずみはそんな二人を微笑ましく見守る。
「さあ、私はお父さんと式場で待っているわね」
「お袋さんに、やられたな」
「そんなに気になっていたの?」
「当たり前だ」
土門はドレスに気を使いながらマリコを抱き寄せる。
「風丘先生のいうように、このドレスはお前によく似合ってる。でもな、…やっぱり見せたくないんだ」
土門の眉が八の字に下がる。
「相手役のくせに、主役に意見して悪いな」
マリコは首を振る。
「ううん。そういう風に言われるの、なんだか嬉しい。私、本当に土門さんのものになったのね…」
「手放す気はないから、覚悟しろよ」
土門はレース越しにマリコの肩に口づけた。
「土門さんもね」
「ん?」
「土門さんも私のものよ。覚悟してね!」
おかしい…。
なぜか刑事の自分の方が手錠をはめられてしまったようだ。
甚だ遺憾ではあるが、しかし。
「お前にそう言われたら、逃げも隠れも…できないな」
やはり主役はマリコのようだ。
「ところで。いい加減“土門さん”は卒業してくれよ。お前も今日から“土門さん”だ。ややこしいだろ」
おっと。
相手役も負けてはいない。
fin.
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