没ちゃん話
「あとは、明日の結果待ちね」
定時後の鑑定室にて、ようやく作業が一段落ついたマリコと宇佐見は散らかったデスクを片づけ始めていた。
「そういえばマリコさん、知ってます?今日は、幽霊の日なんですよ」
「幽霊の日?」
「ええ。7月26日は『幽霊の日』と定められているそうです」
「もっとも理由は、東海道四谷怪談が初演された日ということだそうですけど」と宇佐見は苦笑しながら種明かしもした。
「幽霊そのものとは関係ないんですけどね」
宇佐見は一瞬、片づけの手を止めた。
「それでも、何となく期待してしまうんですよ…」
「宇佐見さん?」
「こっそり妹が姿を見せるんじゃないか、って」
宇佐見の妹は愉快犯に殺害されたのだ。それも「デスマスクを作る」などという酷い仕打ちまでされて…。
同様の手口の事件が起きた時には、さすがの宇佐見も冷静ではいられなかった。それでも、彼は科捜研の男であり、マリコ達の信頼を裏切ることはしなかった。
とはいえ、身内の死を忘れることなんて、きっとできない。
マリコは何と答えればいいのかわからず、口を閉ざした。
「マリコさんにもいるでしょう?今はもう会えないけれど、会いたい人が」
「私は…」
確かにマリコの脳裏には一人の刑事の面影が浮かんだ。
「ええ。でも、そうね…今はもう、『会いたい』というより『見守っていてほしい』という気持ちのほうが強いかしら」
マリコは頭上を仰ぎ見た。
「その人と別れてから、私がどんな道を歩んできたか、どれだけ成長できたか、今は見守ってくれていると信じています。だから会えなくても大丈夫」
「やはりマリコさんは強いですね」
マリコは静かに首を振った。
「それは違います。私が強く見えるとしたら、そうさせてくれる人が側にいるからだわ」
それが誰のことなのか、宇佐見にはすぐにわかった。
そして鑑定室の外に目を向けると、「お迎えですよ」とマリコに来訪者を告げた。いつも側にいる人が、という言葉は飲み込んで。
「私はお先に失礼します。マリコさん、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
宇佐見はマリコの鑑定室を出ると、すれ違った刑事にも会釈をして自室へと戻っていった。
「よお。宇佐見さんと何の話をしていたんだ?ずいぶんと深刻そうだったな」
形ばかりのノックをすると、土門はデスクの端に軽く腰掛けた。
「幽霊の話よ」
「幽霊?」
「そう。ね、土門さん」
「なんだ?」
「土門さんは、幽霊でも会いたい人っている?」
土門はちらりとマリコを見る。
「もしかして有雨子のことを言ってるのか?」
「それだけじゃないわ。土門さんって意外と女性関係が広そうなんだもの」
口を尖らせるマリコに土門は苦笑した。
「意外は余計だ。俺はそんなに器用な男じゃない。お前が一番よくわかってるだろうが」
「そうかしら?」
「まったく…。俺はいつでもお前に振り回されっぱなしで、幽霊どころか他に目が向く余裕もないぞ」
「そう?それなら、よかった」
「は?」
「だって、私だけ見ていてほしいから」
さらりとすごい威力の爆弾投下。
続けて蠱惑的に微笑んで、マリコはガラスをスモークにした。
「浮気したら、化けて出るわよ」
「だったら俺は、お前が浮気したら呪ってやる」
物騒なことを言い合いながら、二人の顔は近づく。
「のぞむところよ」
「強気だな?」
「だってそんなこと、100%ないもの」
2発目の被爆で、土門は撃沈だ。
「言ってくれる!」
挑戦的な瞳が閉じると、土門は性急にマリコの唇を食んだ。
煽られて待ちきれない。
「夢でも
ベッドの中の甘い囁きは眠るマリコの耳に届いているのか、いないのか。
恋人の腕の中で、マリコはただ満足そうな寝顔を浮かべるだけ。
fin.
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