没ちゃん話



「藤倉くん。最近の我々はITというものに頼りすぎていると思わんかね?」

「はぁ」

「便利なものも過ぎると毒になる。ほら、この前のAI事件みたいに」

「はぁ。部長、それでどうしろと?」

「そこだよ、藤倉くん!全国に先駆け、我が京都府警で『IT断食の日』を作ろうじゃないか!」

「IT断食?しかしそんなことをしては、我々の仕事は…」

「まあまあ、最後まで聞きなさい。IT断食をするのは昼休みから終業まで。それも個人のIT機器に限れば、仕事への影響は少ないだろう?昼休みまでスマホとにらめっこで、誰ともコミュニケーションを取らないようでは風通しが良いというより、寒々しいからねぇ」

確かに、佐伯にしては悪い提案ではない。
それに半日だけなら…と、藤倉も了承した。


そして、IT断食当日。

「みんな、今日のお昼休みからスマホ禁止だからね。昼休みになったら、スマホやタブレットはこのテーブルに置いておくこと。後で報告しなくちゃいけないから、ちゃんと守ってよ。いいね?」

日野は特に亜美とマリコを交互に見ながら念を押す。

「不便だなぁ。SNSの返事が溜まっちゃう」

「半日だけなんだし、我慢しましょう」

「はーい」


さて、昼休みまであとわずかといったところで、マリコのスマホが鳴った。

「もしもし。土門さん、どうしたの?今日は非番よね?」

『榊。助けてくれ!』

「土門さん!どうしたの?土門さん!」

『助けてくれ、ね…』

「ね?」

「みんな、時間だよ。マリコくん、電話は切る!」

「所長、でも、あの!」

「例外はなしだよ。さあ、切って」

「…はい」

仕方なしにマリコはスマホを置いた。

「じゃあみんな、お昼だよ」

「所長!」

マリコは何かを決意したように、再びスマホを手に取った。

「私、帰ります!」

「え?マリコくん?ちょっと、待って!ねえ、マリコくーん!」

驚く日野が止めるのも構わず、マリコはさっさと白衣を脱ぐとカバンを片手にさっそうと科捜研を出ていってしまった。



タクシーで土門の家まで乗りつけると、マリコは小走りで通い慣れた部屋を目指す。
もしかして熱で動けないのかも…。
ここにつくまで、マリコは悪い想像ばかりしていた。

合鍵を使って土門の部屋に入る。

「土門さん!大丈夫?」

「榊?」

リビングから顔を見せた土門は驚いているものの、元気そうだ。

「土門さん、熱は?」

「熱?」

「だって電話で…」

「ああ。実は新しくPCを買ったんだが、うまくネットに接続できなくてな。昼休みになるし、お前に聞こうと思って電話したんだ」

「ネット……」

へなへなと座り込むマリコ。

「すまん。何だか誤解させたみたいだな。だが途中で電話を切られたから、忙しいのかと思ってな」

「土門さん、今日はIT断食の日よ」

「ああ!そうか。今日だったな。ところで、お前仕事は?」

「土門さんが心配で帰ってきちゃった」

マリコは肩をすくめる。

「は?大丈夫なのか?」

「だって、倒れてるかと思ったんだもの」

「今からでも戻るか?送るぞ」

マリコは一瞬考え、首を振った。

「いいの」

今日は急ぎの鑑定依頼もない。

「榊?」

「それより土門さん。お腹空いちゃった。何か作って」

今、土門の目の前にいるのは恋人モードにチェンジしたマリコ。
こんな思いがけない時間もたまにはいい。

「かぼちゃ料理がいいな〜」

「仰せのままに」

土門は冷蔵庫の中身を思い浮かべながら、気ままな恋人に口づける。


♪プルプルプル…


「ん?電話鳴ってるぞ。出なくていいのか?」

「IT断食中だもの」

マリコはスマホを裏返す。

「それなら遠慮なく…」

土門に押される形で、二人はソファに倒れ込んだ。

「土門さん、私お腹が空いてるんだけど?」

「そうか。それじゃあ、腹一杯になるまで注いで…いてっ!」

ペチっと叩かれた頬を、土門は大げさに擦る。

「えっち!」

「嫌いじゃないだろ?」

「もう!」

いたずらっ子のような笑い顔に、とうとうマリコは白旗を上げた。

その顔はズルイ!



fin.


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