そうだ、ホテル行こう!



キュルキュルキュル。
キュルキュルキュル……。
静かな山林に、タイヤのスリップ音が響く。

「どう?」

「これはもう動かんな。さっさと見切りをつけて、今夜の宿を探したほうが賢明だ」

山中での現場検証の帰り道、土門の運転する車が運悪くぬかるみにはまり、立ち往生してしまったのだ。
ほかの警察車両の姿はすでに見えない。

「そう。仕方ないわね。以前にもあったのよ、こういうこと。ほら、4姉妹の魔女の事件」

「ああ!お前が銃を構えた犯人の前に立ちはだかる、なんて無謀な真似をした事件だな」

「いちいち癇に障る言い方ね!」

「気にするな。その時はどうしたんだ?」

「近くにあった梅乃宮家に助けを求めたの」

「そうしたら事件に遭遇したと。……今日は民家をたずねるのはやめておこう」

「どうして?」

「どうもお前は事件を呼び寄せる体質らしいからな」

「人のこと言えないと思うけど?」

「とにかく!少し歩けば山を降りられるだろう。そこで宿を探そう」

「あら。そんなところまで歩かなくても、ほら!」

マリコが指差しているのは、木々の隙間からのぞく看板だ。
古ぼけた板には“ホテル・パラダイス”の文字。

「お前、あれ…」

「ラブホテルでしょう?」

「わ、わかってるのか?」

「もちろんよ。だけど、今は選り好みなんてできないし。宿を探していたんだから、ちょうといいじゃない」

「しかしな…」

「なあにー。土門さんは私とホテルに泊まるのは嫌なの?」

『馬鹿野郎!大の大の大歓迎に決まってんだろ!』

…なんて言えたら、どんなにいいか。

「わかった。今夜はあそこに泊まろう」



少し歩くと、段々と外観が見えてきた。
一体どんなパラダイスが待っているのか…あまり期待はできそうにない。
「まぁ、今夜一晩泊まるだけだ」と土門も色々割り切ることにした。


ホテルに入ると、無人のエントランスには部屋の一覧が表示されている。

「どこでもいいのか?」

「ええ。でも明るい部屋がいいわね」

「あ、明るい………?」

卑しい妄想を打ち払おうと、土門は何度も頭を振る。

「よ、よし。じゃあ、ここにしよう」

特に変哲のない部屋を選ぶと、自販機のように鍵が落ちてきた。
それを手に、二人は今宵のねぐらへと向かった。



室内の中央にキングサイズのベッドが置かれていることは必然として。
それ以外は普通のシティーホテルとあまり変わらない内装に、土門は何となくホッとした。
ホッとしたら、腹が減る。

「榊。このホテル、ケンタッキーのデリバリーがあるらしいぞ」

土門はテーブルに置かれたメニュー表に気づいた。

「ケンタッキーって、カーネル・サンダースが独自のスパイス配合を考えだした世界中に展開している揚げ鶏専門のお店よね?」

「………………まぁ、そうだな」

「私、あまり食べたことないのよ」

「頼んでみるか?」

「ええ!でも何が人気なのかしらね?」

「そういえば今度、ケンタッキーの人気商品を当てる番組があるらしいな」

「そうなの?」

「よし、俺たちで先に選んでみるか?」

「おもしろそうね!」

「やっぱりオリジナルチキンは外せないよな…」

「ラップサンドはどうかしら?手が汚れにくいし、食べやすそうだから、女性には人気がありそうよ」

「なるほど。サイドメニューも捨てがたいな」

あれやこれやと悩みつつ、結局定番のチキンとサンドのセットにサイドメニューをオーダーした。



「土門さん。この食べやすそうな腿の部分、もらってもいい?」

「……どれを食べてもいいから、部位は言うな」

「?」

「ほら」

渡されたチキンの骨の部分を持って、マリコはかぶりつく

「…………………………」

まったく想像していなかったが、この光景はレアで、そして心臓に悪い。

マリコがチキンにかぶりついてる。

チキンの大きさと形状が、様々な妄想を掻き立てる。
ちょっと無理があるような気もするが、ホテルという場所が思考を飛躍させるのかもしれない。

食べにくいのか、マリコは側面を少しずつかじっていく。
すると唇の周辺には脂がつき、てらてらと光る。

この唇は記憶にある。
長く口づけを交わした後のソレにそっくりだ。


「土門さん、食べないの?」

「いや。ちょっとな…」

膨らんだ妄想に思わず口元を覆う土門。
その様子を見て、首をかしげているマリコだったが…。
突然土門に近づくと、その耳たぶにカプッと齧りついた。

「お、おい!何するんだ!」

「土門さんの耳たぶ、チキンと同じくらい柔らかいわね」

「うふふ」と笑うのは、マリコか?
マリコの皮をかぶった悪女か?

「こんな場所で、男にそういうことをするってことは…色々覚悟は出来てるんだろうな?」

サイドメニューでオーダーしたビスケットには、メープルシロップがついていた。
土門はそれに手を伸ばす。

「俺も腹が減っている。とりあえずスイーツからいただこうか?」

「ま、待って」

身の危険を感じ、マリコは土門から離れるが、そのままトン!と肩を押されて体が宙に浮く。

「え?」

ぽすん、とマリコの体はベッドに沈んだ。

「待って、土門さん!とりあえずちゃんと食べましょうよ。冷めちゃうわ」

「見ろ、榊」

マリコにのしかかり、土門はダブルベッド脇のデスクを指差す。

「レンジも完備されているから安心しろ」

笑う土門の顔は、悪い男のソレ。


さて、ケンタッキーの人気商品、一番は何でしょうか?
答えは番組で(笑)



fin.



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