お空のすべり台



「彼は、千葉奏汰ちばかなた。昊の父親よ」

「どういうことだ!父親が息子を誘拐したっていうのか、ええ?」

土門は千葉の胸ぐらを掴む。

「どーもさん、パパをイジメないで!」

小さな手が必死に土門を押し退ける。

「昊……」

「俺は誘拐なんてしていません!」

「じゃあ、あのメールは何なの?誰が見たって昊が誘拐されて、その犯人からだって思うわよ。おまけに、わざわざフリーメールから送るなんて…悪意があるとしか思えないわよ!」

美咲は千葉に食って掛かる。
彼女は息子の安否を本気で心配していたのだ。

「そんなこと知るか!大体、お前が約束を守るなら俺だってこんなことしなかったさ」

「約束?」

土門が聞き咎める。

「そうですよ。離婚調停のとき、俺だって昊の親権を主張したんです。実際、俺の方が収入もあったし、実家の親が近くに住んでいて、昊の面倒も見てもらえた。だけど、美咲は昊のために転職をしたんです。収入こそ俺より少ないけど、その分時間が自由になる職場だと言っていました。裁判所もそれを認めた。だから俺は定期的に昊と合うことを条件に親権を譲ったんです。でも!」

千葉は美咲を睨みつける。

「こいつは離婚してから一度も俺を昊に会わせようとしないんです!おまけに時間が自由になる仕事どころか、会社に昊の存在を隠していた!」

「待ってください」

マリコが千葉の言葉を遮る。

「確かに以前はそうだったかもしれない。でも今は会社に昊くんのことは話しているはずです。そうでしょ、美咲?」

「ええ、そうよ」

「美咲、俺はお前の上司と会ったんだ」

「え!?」

「その人は言ってたぞ。『息子さんがいることは驚いたけど、緊急時には預かってくれる友人がいるから会社に迷惑はかけません、というのでね。僕も彼女の就業を認めたんですよ』ってな。友人ていうのは、彼女のことだろ?」

千葉はマリコを見た。

「どういうことなの、美咲?」

「し、仕方ないでしょう。とりあえずそう説明すれば大丈夫だと思ったの。でも、ほら。実際には今日みたいに、すぐに昊のもとに駆けつけられるもの」

「美咲…」

「シングルマザーで働くのは、本当に大変なのよ。子どものいないマリコにはわからないわ」

棘のある友人のセリフに、マリコは一瞬だけ辛そうな表情を見せた。
しかしすぐにいつものマリコに戻ると、大きな瞳で美咲をじっと見据えた。

「ええ、確かにわからないわ。でも私にもわかることがある。それはね、あなたたちが一番守らなきゃいけないものを傷つけているってことよ」

その言葉にはっとした全員がマリコの視線を追う。

そこには部屋の隅にしゃがみこみ、耳をふさぐ昊の小さな背中があった。

探るように顔を見合わせるだけの両親に代わり、土門が昊に声をかけた。

「昊、久しぶりに榊の家に泊まりに来ないか?」

「まーちゃんのお家!?」

ぱっ、と昊は顔を上げた。

「どーもさんも来る?」

さすがに他の捜査員がいる前で「行く」とも公言できず、土門は昊の耳もとで小さく答えた。

「パンケーキも作ってやる。風呂にも一緒に入るか?」

「うん!お風呂入るー」

「こ、こら。声がデカイ!」

土門は慌てて昊の口を塞ぐ。


「そういうことらしいから、今日は昊くんを家で預かるわ。二人でこれからどうするのかよく話し合って」

「マリコ。……ごめん。酷いこと言って」

マリコはうなずいた。


「千葉さん」

元気になった昊がお泊りの準備を始めると、土門は改めて千葉に声をかけた。

「今回のこと、確かにグレーゾーンですよ。一歩間違えば、あなたは未成年者略取誘拐罪だ。美咲さんへの当てつけの気持ちもあったのかもしれませんが、明らかにやりすぎだ」

「も、申し訳ありません」

刑事としての迫力にたじろぎ、千葉は素直に頭を下げた。
すると土門は「ふぅ…」と息を吐き出した。

「千葉さん。山野辺さん。自分は昊がかわいいです」

突然何を言い出すのだろうと、大人たちは土門に注目した。

「親でもない、たった数日一緒に過ごしただけの自分でさえそう思うんです。あなた達はきっとそれ以上に昊を大切に思っているでしょう。どうかそのことを忘れないでください。そして、昊のために最善の方法を見つけてください」

その言葉は両親の胸をついたようだ。
二人は神妙に頷き、これからきちんと話し合うと約束した。


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