お空のすべり台
「え!?」
母音一音の後、マリコは言葉を失った。
「どうしよう。どうしよう…マリコ!私、どうしよう、どうしよう………」
『どうしよう』と繰り返しながら、涙声になっていく相手の声。
スマホを耳に当てたまま、マリコは口の中が乾いていることに気がついた。
うまく声が出ない。
「ほん、と、う、なの?」
掠れた声で、何とかそれだけ相手に伝えた。
「さっ、き、ぐすっ。スマホに…メールが……うぅっ。あと、写真、も………」
電話の相手、山野辺美咲はしゃくりあげる。
「私、どうしたら…。助けて、マリコ。お願い……」
美咲は小さく叫んだ。
「昊を助けて!」
と。
山野辺美咲はマリコの大学時代の友人だ。
卒業後は疎遠になっていたのだが、少し前、とある事情からマリコは美咲の一人息子である昊を預かったことがある。
それから二人はしばしば連絡を取り合っていたのだ。
「美咲、落ち着いて…」
「何言ってるの!?そんなの、無理よ!」
美咲はヒステリーを起こしているようだ。
無理もない。
しかし、それでは事は何も進まない。
「わかってるわ。それでも落ち着いて。詳しく話を聞かせて。昊くんを助けるんでしょう?」
「……………」
鼻をすすり上げる音だけが、スマホからマリコの耳に届く。
「美咲、あなたにしかできないことよ。昊くんのお母さんはあなただけなのよ!」
「……………わかった。取り乱してごめん」
未だ涙声ながら、その口調はしっかりしたものだった。
「それじゃあ、まず、今日の二人の行動を教えてちょうだい」
「ええ。今朝は……」
それからしばらくの間、マリコは美咲の話に耳を傾けた。
時折メモを取り、質問を挟みながら時系列を補完していく。
「わかったわ。ありがとう。ところで、一つ確認させて。私に電話をしてきたということは、警察に動いてもらっていいのよね?」
「……昊が心配だから、本当は嫌。でも私一人じゃ何をどうすればいいのかわからない。マリコ、昊を助けて。私、あの子のためなら何だってするわ!」
マリコもまた、スマホを握る手に力を込め『ええ』とうなずいた。
「私も、昊くんを助けるために全力を尽くすわ」
あの無邪気な笑顔を取り戻すためなら、どんな危険だって厭わない。
マリコはすでにそう決心していた。