京都浴衣振興会応援プロジェクト2022 with 京都府警
お稲荷さんに着いてみれば、思った以上の盛況ぶりだ。
鳥居から社まで、様々な屋台が並んでいる。
「けっこうな賑わいだな」
「本当ね。子どもたちは楽しそう…ふふふ」
二人の前を通り過ぎた姉妹。
浴衣姿は可愛らしいが、姉の持つ大きな綿あめが欲しい妹は、「おねーちゃん、ズルい!」と怒っている。
「ああ。昔を思い出すなぁ」
「美貴ちゃんのこと?」
二人はのんびりと歩みを進め、タコ焼き屋の前を通り過ぎた。
土門は記憶を辿る。
「うん。あいつ、小さい頃は猫舌でな。タコ焼きを買っても、すぐには食べられないんだ」
「もしかして…土門さんが全部食べちゃったの?」
「ん?ちゃんと1個は残してやったぞ。武士の情けだ」
「ひどいお兄さんね」
美貴には申し訳ないけれど、二人は肩を震わせて笑い合う。
さらに進むと、射的の屋台から声がかかった。
「そこのオニーサン。やっていきません?美人なオネーサンにイイトコ見せましょうよ!」
「オニーサンて俺のことか?」
“オニーサン”と呼ばれ、土門は満更でもない様子だ。
「すごいリップ・サービスね」
“ぷっ”と笑うマリコに憮然とすると、今度は土門がやり返す。
「ということは、“美人なオネーサン”もリップ・サービスだな?」
「!」
珍しく一本取られたマリコは悔しそうだ。
「よし。射撃の腕前見せてやる!」
土門はライフルを構えると、ずらりと並んだ景品の棚までの距離を確認する。
「榊、何か欲しいものあるか?」
「そうね…。じゃあ、真ん中の棚の右から2番目の景品」
マリコがリクエストしたのは、花瓶のような絵が書かれた箱。
「なんだ、あれ?」
「フラスコのミニチュアじゃないかしら?」
「フラスコって、お前…。一応確認するが、その隣のうさぎのぬいぐるみとかじゃなくていいのか?」
「え?ぬいぐるみ?……何に使うの?」
土門は苦笑するしかない。
「いや。なんでもない。フラスコのミニチュアな。実にお前らしいよ……」
重さがあるだろうとふんだ土門は、2発を使って、少しずつ箱を後ろに移動させる。
そして3発目で見事、景品を落下させた。
「ほら」
「ありがとう。さすが現役の………」
「しー!それは内緒だ。次、行くぞ」
土門は慌ててマリコの背中を押し、屋台から遠ざかる。
マリコは、大事そうに箱を巾着にしまった。
たとえ射的の景品でも、土門がマリコのために取ってくれたことがとても嬉しかったのだ。
射的の3軒隣には、お面が沢山並んでいた。
人気アニメのキャラクターから、戦隊モノのヒーロー、昔懐かしい“おかめ”や“ひょっとこ”なんかもある。
「ねえ、土門さん。あのお面、土門さんにそっくりね!」
マリコは驚きに目を丸くして、髷頭のお面を指差した。
お面の下のシールに書かれた名前は『弥七』。
「そうか?お前はあっちのとよく似てるな」
土門が見つけたのは『お信』と名前のついたお面だ。
さらに二人はある動物のお面に目が釘付けになった。
「何かしら…」
「何だろうな……」
「すごく、懐かしい感じがするわ」
「お前もか?実は俺もだ。この豚のお面を見ていると…まるで自分が豚になったことがあるような気さえしてきた」
「偶然ね!私もよ」
「いや。お前はないだろう」
「どうして?」
「豚とは言わんが…。お前はもう少し丸くなったほうがいいくらいだ。この辺りとかな」
素早く土門の手が浴衣のヒップを撫でる。
「ちょっと!猥褻罪になるわよ?」
「これくらい大目に見てくれ。さっきからずっと我慢しているんだ」
「我慢?」
マリコはきょとんとしている。
周囲の屋台を見回して、「あ!」と何かに気づいたようだ。
「もしかして、何か食べたいものがあったの?遠慮しないで言ってくれればいいのに」
その発言に、土門の瞳がキラリと光った。
「そうか?それじゃあ、遠慮なく。“お前”だ」
「え?」
「……って言ったらどうする?」
「……………………」
マリコはみるみるうちに顔を赤らめる。
「だから!そういう顔はやめろ。今すぐ連れて帰りたくなっちまう」
「ご、こめんなさい…」
「帰ってからに期待しておく。それで?後はどこへ行くんだ?」
「あ、うん。あのね、あそこ……」
マリコの視線の先には子どもたちの群れ。
テキ屋の看板には『ヨーヨー釣り』と書かれていた。
「……お前、案外子どもだな」
笑われてマリコはぷくりと膨れる。
「そういう顔もお子様だな。……可愛いが」
「え?」
「何でもない。行くぞ」
子どもたちに混じって、ヨーヨー釣りを楽しんだ二人。
ここで思わぬ特技を披露したのはマリコだった。
「角度が…」、「力加減が…」と科学を応用し、マリコは両手に抱えきれないほどのヨーヨーを釣り上げた。
持ち帰ることもできず、周りの子どもたちにあげることとなった。
ちなみに。
余談だが、土門の奮闘結果は1個であったことを、ここに記しておく。
「オジサン、下手だね」
見も知らぬ少年の一言に、土門は来年のリベンジを誓った。
「お参りして、そろそろ帰るか?」
「そうね」
二人は並んでご本尊に手を合わせた。
「楽しかったわ」
「ああ。また来よう」
マリコは嬉しそうに微笑んだ。
鳥居を出てしばらく歩くと、祭りの喧騒はすっかり消えていた。
そこで土門は足を止めた。
「土門さん、どうしたの?」
「神聖な境内では、不埒な真似はできないからな」
土門はマリコに近づくと、額と鼻先にキスを落とした。
マリコは、くすぐったそうに身をよじる。
「その浴衣の色、いいな」
「土門さんのも素敵よ。私の好きな色なの…」
そういうマリコが選んだ土門の浴衣は、鉄紺。
渋めだが、その分、細く赤いラインの入った帯が際立つ。
「似合ってるわ。とっても……」
小声なのは照れ隠しか。
淡い月光に照らされて、マリコの肌は透き通るように美しい。
若紫の浴衣とのコントラストも影響しているだろう。
まるで本物の天女みたいだ。
このまま空へ還ってしまったら…。
そんな想像をし、土門は思わずマリコの腕を掴んでしまった。
「あ、すまん」
ぱっと手を離すと、マリコはくすくすと笑い出した。
「土門さん、聞こえてるわよ」
「なっ!?」
どうやら心の声は、気づかぬうちに呟きとしてこぼれ出ていたらしい。
柄にもなく、土門は赤面した。
そんな土門を見ながら、今度はマリコが手を握った。
「これなら大丈夫でしょう?」
「榊?」
「私なら、もし羽衣があっても還ったりしないわ。ずっとこの手を繋いでる。ずっと、ずっとよ……」
漆黒の影は重なったまま、しばらく動かない。
いつしか影は離れても、左右から伸びる細い線の先端は繋がりあったままだ。
再び、カラリと下駄の音が響く。
天上ではなく、地上の天女のマンションへと向かって。
「あれ?マリコさん、ペンスタンド新しくしたの?」
目ざとい呂太は「カワイイね」と褒めてくれた。
フラスコのミニチュアは、ペンスタンドとして、マリコのデスクの新たな住人となったのだった。
fin.
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