京都浴衣振興会応援プロジェクト2022 with 京都府警
ところが、それから二週間後。
土門はマリコから夏祭りへ誘われた。
「うちの近所の稲荷神社でね、夏祭りをやるそうなの。そんなに賑やかではないと思うけど、行ってみない?」
「夏祭りか!懐かしいな。幸い腕も治ったことだし、行ってみよう」
二人はそう約束した。
そして夏祭りの当日。
土門はマリコのマンションのインターフォンを押した。
『土門さん、開いているから入って』
ドアノブに手をかけると、確かに鍵は開いていた。
「不用心だな…。邪魔するぞ!」
「どうぞ!」
奥の部屋からマリコの声だけが聞こえた。
土門がリビングに入ると、マリコがドアからひょっこりと顔半分だけを見せた。
「支度できてるなら行くか?」
「うん…………」
マリコの返事はハッキリしない。
「どうした?体調でも悪いのか?それなら無理しなくても…」
「ち、違うの!あの、あのね………」
首を傾げる土門に、マリコはいよいよ決心を固めたのか、ドアから姿を現した。
「さか、き……?」
「わ、私の支度は、……できてるの」
「お、おう………」
「その………………………変、じゃない?」
“変”だった。
“マリコが”ではない。
土門は鼓動が早まり、体温が上昇するのを感じた。
自分が変なのだ。
目の前のマリコの姿に、明らかに動揺していた。
それもそのはずだ。
マリコは浴衣姿で土門を迎えたのだ。
それも先日見た朝顔の浴衣ではなく、若紫色の絞り浴衣だった。
華やかで、艶やか。
でもそこに締めた白い帯が、さらに高貴さも醸し出していた。
まるでマリコの為に誂えられたような浴衣だった。
「……その浴衣」
土門はようやくそれだけ口にした。
「これ…、本当は『浴衣の日』にと思って、新しく買ったのよ。でも土門さんは浴衣を着ないと言っていたから」
「今日、新しくおろしたのか?」
「そうよ。だって土門さんに一番に見てもらいたかったんだもの」
土門はドカッとソファに沈み込んだ。
そんな殺し文句を言われたら、息もまともに出来やしない。
「だ、大丈夫?」
その様子をどう誤解したのか、マリコは心配そうに土門の側にしゃがみこんだ。
先日と同じようにまとめ上げた髪には、
緩く開いた
土門はマリコの色香に酔いそうだった。
我慢などできるわけもなく、伸ばした腕でマリコを引き寄せる。
徐々に近づいてくるマリコの顔は驚きに瞳を丸くし、何か言おうとしていたのか唇も薄く開いていた。
そこから僅かに赤い舌先が見えたとき、土門の中で何かがプツリと切れた。
「ども、ん、さ…ん、ふぅっ」
いきなり深く口付けられて、マリコは震えた。
土門の熱を帯びた舌に絡め取られ、唾液ごと吸い取られる。
湿った音と、ぬめった感触がマリコの理性をも蝕んでいく。
吐息だけ、微かに漏れるその音だけの室内。
やがて唇を離すと、土門はマリコの首筋をスッと撫でた。
「や、だ…」
「榊………」
「お祭り、行きましょう」
マリコは乱れた息を整え、衿をもと通りに直した。
「私、土門さんの浴衣も用意したのよ」
「俺の?」
「ええ。気に入ってもらえるかわからないけれど。一緒に浴衣で出かけられたらと思って」
僅かに頬を染めるその姿もまた、土門には美酒だ。
だが、飲み干す前に、まずはその色、香りを存分に楽しむことにしよう。
土門はソファから立ち上がる。
「着替え、手伝ってくれるか?」
「いいけど…。変なコトしない?」
「それはお前次第だな」
「どういう意味?」
どうやらマリコは、本気でわからないらしい。
可笑しそうに笑った土門は。
「お前こそ、変なトコ触るなよ?」
「……………………………ばかっ!」
『変なコト』、『変なトコ』を一部踏まえつつ、ようやく着替えを終えた土門とマリコは、ぼんぼりの並ぶ稲荷神社へ向かった。
金魚すくいや射的、ヨーヨー釣りを童心に返って楽しんだ二人。
「そろそろ帰るか?」
「そうね、楽しかったわ!」
「ああ」
カラリ、カラリと下駄音を響かせながら歩く二人の背中はピッタリと寄り添っている。
仲睦まじき夫婦のようなその後ろ姿を、白いお狐様は見送った。
fin…………………………?