京都浴衣振興会応援プロジェクト2022 with 京都府警
「藤倉くん、今年もこの季節がやってきたよ」
「ふっふっふっ」と佐伯本部長は不敵に笑う。
「準備はできているだろうね?」
「と、言われましても。一体何のことか…」
「鈍いねぇ、君は」
眉間と鼻にシワを寄せ、佐伯はやれやれと首を振る。
「これだよ、これ」
そういって藤倉に差し出したのは一冊のパンフレット。
発行者は『京都浴衣振興会』。
「まさか、とは思いますが。今年も“アレ”をやるおつもりですか?」
「もちろんだよ!我々警察も地元の伝統文化の保護と発展のため、協力は惜しまないつもりだよ」
「しかし…」
「いいじゃないの。去年もクリアファイルやら、ポストカードやらの売上が好調だったというし、地元に協力しつつ、警察の活動資金も潤う。まさにWin-Winの関係だよ」
佐伯はカニのポーズでニカッと笑う。
「というわけで、署員へ通達を頼むよ。これ、本部長命令ね」
藤倉は足取り重く、自室へと戻った。
本部長命令とあっては断れない。
しかし、まさか今年もやる羽目になろうとは…。
藤倉が眉間にシワを寄せている原因は、昨年の夏、京都府警で一日だけ実施した『浴衣の日』である。
京都府警の署員が、ほぼ全員浴衣に扮して勤務に当たったのだ。
猛威を振るう新型ウイルスの影響で、京都の観光産業は軒並み収入減となっている。
その影響から、外国人観光客に人気の高い京都の伝統工芸品は、特に大きな打撃を受けていた。
そんな日本が誇るべき伝統を守るため、公僕たる警察はどのような協力も辞さない……というのが建前だ。
実際は、佐伯本部長の俳句仲間に京都浴衣振興会の会長がおり、その筋から頼まれた、というのが事実である。
そして今年はさらにパワーアップして、コンテストを開催しようというのだ。
「カップル投票をしたら面白そうだろう?コンテストの優勝者には、そうね…食事券をプレゼントしよう」
「しかし…」
「いいじゃないの。別に男女のカップルには限らないよ。友人同士や上司と部下だっていいし。もちろん同性も構わないよ」
「……………」
藤倉は相変わらず渋い顔を崩さない。
「何が駄目なの?警察もダイバーシティを推進しているアピールにもなるし。優勝景品も私のポケットマネーから出すなら問題ないでしょ?」
そう言われては藤倉も認めざるを得ない。
確かに警察のイメージアップはいくらあっても構わない。
むしろ、どんどん欲しいくらいだ。
「承知しました。さっそく指示を出します」
「ありがとう!頼んだよ」
佐伯は満面の笑みだ。
「失礼します」
「あ!藤倉くん」
部屋を辞そうとする藤倉を佐伯は呼び止めた。
「はい?」
「私と君のカップルなんてのも面白いかもね。最近はイケオジブームなんていうらしいし。どうだい?」
「……………」
藤倉は聞こえないふりをして頭を下げた。
「はい、みんな。ちょっと集まって」
日野の号令で、パブリックスペースに集まったのは、マリコ以外の科捜研メンバー。
「ん?マリコくんは…洛北医大か。ええと、今年も京都府警では『浴衣の日』を実施することになりました。みんな協力よろしくね。今年はカップルコンテストもやるから、優勝すると佐伯本部長から食事券が貰えるよ」
「食事券!?」
ピンッと耳が立ったのは呂太だ。
「あ、でも僕、彼女いないや」
立ち上がった耳が、あっという間に垂れ下がる。
「大丈夫。二人組なら何でもいいんだよ。友達とか仕事仲間とか、男女じゃなくてもね」
「SDGsを意識した企画ですね」
宇佐見の言葉に日野はうなずいた。
「そうそう。なんだっけ…お台場シティー?」
「ダイバーシティ、ですね」
宇佐見は苦笑しつつも、しっかり訂正は入れた。
「とにかくそういう訳だから、みんなよろしくね」
「私、新しい浴衣買おうかな!」
「亜美さん、僕も欲しい!」
「そう?じゃあネットで見てみる?」
「うん、うん!」
さっそくタブレットに齧りつく若者たち。
「こらこら、そういうのは昼休み!」
「「はーい」」
かくして、今年も『浴衣の日』を巡り、京都府警内では様々なドラマが繰り広げられようとしているのである。
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