偽り2
それからのマリコは、ひたすら仕事に没頭した。
今日が何日なのか、何曜日なのか。
それどころか、ラボに籠もったままでは今が昼か夜かさえ覚束ない。
当然、寝食は疎かとなり、日に日にやつれていくマリコを誰もが心配していた。
その最たる人物が、直々に捜査一課へ顔を見せた。
「土門はいるか?」
室内の喧騒がピタリと止んだ。
「ここに」
土門は椅子から立ち上がる。
「話がある。少し顔を貸せ」
「はい」
ピリリとした雰囲気に、誰もが無言で二人を見送った。
藤倉は手近な会議室の扉を開けると、「入れ」と土門へ顎をしゃくる。
入口のプレートを『使用中』に変えると、ドアを閉め、鍵をかけた。
「まずはこれを渡しておこう。土門、結婚おめでとう」
藤倉は返信用のはがきを差し出した。
「ありがとうございます」
「正直、突然のことに驚きはしたが、部下の結婚はめでたい事だ。ただ…どういう相手なのか、俺は上司として知っておく必要がある」
藤倉は、暗に結婚相手とその親族に前科者がいないだろうな、と問いかけているのだ。
「部長が心配されるようなことはありません。彼女は美貴の同級生で、早くに両親を亡くし天涯孤独の身の上です」
「そうか。わかった」
藤倉は頷いた。
その上で続ける。
「榊のことはどうするんだ?」
「榊、ですか?」
「ここ最近、あいつに会ったか?」
「いいえ」
「ひどいやつれ様だ。いつ眠って、何を食べているのか…」
「なぜそんなことに?」
「俺に聞くのか?」
「部長が一番よくご存知なのでは?」
「なに?」
二人の間を不穏な空気が流れる。
仕事のうえでは、これまで幾度となくぶつかってきたが、こんな風に男として向き合うのは初めてかもしれない。
互いに相手の出方を伺う間に、土門の携帯が鳴った。
「失礼します」
断りを入れてから、土門は電話に出た。
「土門だ…」
藤倉は片手を上げると、電話中の土門を残し、会議室を出ていってしまった。
結局、マリコとの関係について藤倉に問いただすことも。
マリコと話すこともできぬまま、土門の中で膠着した日々が続いていた。
ちょうどそんな中、土門に大阪へ出張命令が下った。
京都府警が全国に指名手配していた容疑者が大阪に現れたのだ。
下手をすれば長丁場となるかもしれない。
式の日までは、もう3週間も残っていなかった。
土門はスマホを取り出した。
本当は会って、直接顔を見ながら話したかった。
しかしそれが難しくなった以上、手段を選んではいられない。
マリコに真相を伝えること。
それが今は何よりも重要なのだ。
電話の向こうではコール音が鳴り続けている。
「頼む、出てくれ…」
しかし、コール音が途切れることはなかった。
土門の願いも虚しく、マリコが電話に出ることはなかった。