偽り2



招待状が届いてからというもの、マリコはずっと思い悩み続けていた。
更には昨日の土門と女性のやりとり。
これから土門とどう向き合えばいいのか…答えが出ずにいた。

一方の土門は、今朝の衝撃的な場面に打ちのめされていた。
違う…と否定しては、ありうるか…と疑う。
猜疑心に苛まれ続け、とうとう屋上に上がれなくなってしまった。
マリコに会うことを躊躇ってしまったのだ。


しかし、そんなときに限ってニアミスは起きる。


「「あ!」」


二人は偶然、同じエレベーターに乗り込んだ。
止まる度に、一人、また一人と降りていく。
最後に残されたのは土門とマリコ。
自然と二人は箱の端と端に立ち、気まずい沈黙が流れた。

先にこの密室から抜け出すのはマリコだった。

次にエレベーターが止まったとき、マリコは無言で扉から出た。
そして閉まる直前。

「土門さん、結婚おめでとう…」

「さか…」

土門は慌てて手を伸ばすが、無情にも二人の間の扉は閉じてしまった。




ここへきて土門は焦り始めていた。
先日、マリコヘ送った招待状。
土門はそれについて、どうしてもマリコへ伝えたいことがあった。
本当は招待状を送った翌日にでも、屋上で詳しく話すつもりだった。
しかしマリコが土門を避け続けたことで、それは叶わず。
ただ時間だけが過ぎていく。

土門は一縷の望みを掛けて、科捜研へ足を向けた。




三課が担当する事件に臨場しているのだろう、科捜研はガランとしていた。
土門は唯一電気のついている日野の部屋をノックした。

「どうぞ!」

「失礼します」

「土門さん!?どうしたの?マリコ君なら事件現場だよ」

「承知しています。今日は、所長に少しお話があります」

「僕に?ま、まあ、とにかくどうぞ」

日野は土門を招き入れた。

「お茶でいいかな?」

「お構いなく」

日野は急須にお茶っ葉を適当に投げ入れると、ポットからお湯を注ぐ。
宇佐見が見たらため息をつきそうな光景だが、土門は何とも思わない。
捜査一課で飲むお茶は、こちらに近いだろう。

「そういえば、土門さん。結婚おめでとうございます。お祝いが遅れちゃって申し訳ないね。それにしてもびっくりしたよ。はい、どうぞ」

土門は湯呑を受け取る。
それには口を付けず、実は…と切り出した。

「その件で、ご相談があるんです」

「僕に?何だい?………ま、まさか!」

何か心当たりがあるのか、日野はあたふたと眼鏡をずり上げた。

「仲人なら無理だよ。えっちゃんが嫌がるんだ。そういうのは藤倉部長に頼んでよね」

「いえ、違います」

「なぁんだ」

日野は、はぁぁ…と特大のため息をついた。

「それじゃあ、話っていったい…?」

「ええ。それが……」


それからしばらく、二人は真剣な表情で話し込んだ。

「うーん。そういうことなら協力は惜しまないけどね」

「ありがとうございます」

土門は少しだけ肩の荷が降りたようにほっとしている。

「でも上手くいくなかぁ…。相手はあのマリコくんだよ?」

「わかっています。でもそこを何とかお願いします」

再び険しい表情を見せる土門。

手の中の湯呑にふと視線を落とせば、茶柱が浮いていた。

上手くいくだろうか。
いや、いかせるしかない。
刑事として、男として。




「ただ今戻りました」

「お疲れさん。すごい量だね」

日野が迎え入れると、マリコを筆頭に各自が押収品ボックスを手にしていた。

「これ全部覚醒剤かい?」

「コカインや、合成ドラッグもあります。今夜は徹夜ね」

「いやいやいや。ちゃんと帰ってくれないと困るよ。明日までなんて言われてないでしょ?」

「それはそうですけど…」

「徹夜は禁止!それより、マリコくん。ちょっといいかな?」

「はい?」

二人は日野のラボに引っ込んだ。

「何でしょう」

「さっき土門さんが来たんだよ」

「え?………鑑定ですか?」

「違うよ」

日野は苦笑する。

「マリコくん、招待状の返事は出した?」

「あ!」

「僕も忘れていてね。返事を聞きに来てくれたんだ。毎日会うからと思って、ついつい後回しにしちゃってたんだよね」

「所長は出席されるんですか?」

「もちろんだよ!」

日野はさも当然、とうなずく。

「そりゃ急なことで驚いたけど、土門さんにはいつもお世話になっているし、仲間だからね。ちゃんとお祝いしたいよ」

「……………」

マリコは虚を突かれたようだった。

「そう………ですよね。仲間だもの。お祝いしなくちゃダメですよね。うん、仲間として」

マリコは自分に言い聞かせるように何度もうなずく。

日野はこっそり息を吐いた。
どうやら土門との約束は果たせそうだ。

「マリコ君ならそう言うと思ったよ」

「え?」

「だからね、マリコ君も出席しますって伝えておいたから」

「所長!」

「ははは。一緒に土門さんの門出をお祝いしようよ」

ふっきらなければならない。
忘れなければいけない。
もう、あのジャケットの隣は自分のものではないのだ。


「………はい」


マリコは微笑んだ。

嬉しいからではない。
悲しくて。
寂しくて。
切なくて。
そういった感情が大きすぎて、涙の代わりに笑みがこぼれたのだ。


――――― さようなら、私の恋心。


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