糸し糸しと言う心
翌日、土門とマリコは再び鷺沼家を訪ねた。
幸い今日は母親も在宅していた。
「刑事さん、先日は取り乱してしまい申し訳ありませんでした。あの今日は、何か?」
「今日はご主人の事件のことで伺いました」
「主人の?もう3年も前のことですよ。どうして今ごろ…」
「当時は事故死と判断されたようですが、どうやらそうとも言い切れないように思えましてね。先日の器物破損の一件もありますし、改めて調べ直してみたんです」
「そ、そんな…」
土門の言葉に、母親は目に見えて動揺していた。
「単刀直入にお聞きします。ご主人は本当に事故死ですか?」
「ほ、本当です!」
「私たちの調べでは、当時、ご主人の仕事はうまく行っていなかったようですね。それが原因か…DVまがいの行為に及ぶこともあったとか?」
「誰がそんなことを!」
「奥さん。あの日、ご主人は娘さんに手をあげようとしたんじゃないですか?そしてそれを止めようとしたか、守ろうとした際に、ご主人を突き落とした」
「ち、違います!!!」
母親の声は悲鳴に近かった。
「ニャン!」
そのとき、外からの鳴き声が土門と母親の会話を打ち切った。
「オパールだわ」
マリコがガラス戸を開けると、オバールは一瞬マリコを見た後で庭の隅へと走っていった。
そしてある場所にちょこんと座った。
「オパール?もしかしてそこに何かあるの?」
マリコはジェラルミンケースからスコップを取り出すと、オバールのもとへ向う。
そして、その足元の土を掘り返し始めた。
「やめて下さい!いくら警察だからって、そんな勝手に…横暴です!」
ムキになるところが怪しい。
マリコは手を休めず掘り進めた。
すると、土の中からビニール袋に包まれた白い陶器が顔を出した。
「これ…」
白い陶器は花瓶だった。
「ママー!?」
大人たちの言い合う声が気になったのだろう。
いつの間にか母親の傍にやってきていた侑李は、その花瓶を目にすると突然叫び出し母親にしがみついて泣いた。
「侑李ちゃん、大丈夫。大丈夫よ。侑李ちゃんは何も悪くないのよ」
母親は必死に娘をなだめる。
侑李の体はカタカタと震えていた。
「奥さん!」
土門の厳しい口調に、ついに観念したのか。
「わかりました。すべてお話しします。でもその前に、この子を部屋へ…」
土門はうなずいた。
「自分たちはここで待っています」
土門とマリコはソファに腰掛け、母親の戻りを待つことにした。
マリコはオパールを部屋に招き入れると、膝の上に抱き上げた。
「ねえ、オパール」
「ニャ?」
「シュヴァルツのこと、聞いてもいい?」
「……………」
オパールは答えなかったけれど、マリコの手をぺろりと舐めた。
「マスターがね、オパールとシュヴァルツはとっても仲が良かったって言っていたわ」
「ニャア」
「オパール。シュヴァルツのこと…好きだったの?」
オパールはひらりとマリコの膝から降りると、部屋の隅に置かれたサイドボードに飛び乗る。
そこには家族写真がいくつも飾られていた。
オパールは一番後ろに隠すように置かれた写真たてに顔を近づけると、一声鳴いた。
マリコがその写真たてを持ち上げると、そこには鷺沼夫婦と二匹の猫が映っていた。
主人の手には白猫。
夫人の膝には黒猫。
白猫はヴァイスだろう。
「この黒い猫がシュヴァルツ?」
「ニャ」
写真の黒猫は利発そうな顔つきをしていた。
「ほう。なかなか賢そうな猫だな。それに美人だ」
土門もマリコの背後から写真をのぞき込む。
「そうね。オパールとお似合いね」
「ああ」
おそらく2匹の猫は並んでお揃いの銀の皿から水を飲んでいたことだろう。
そんなmicroscopeの情景を思い浮かべ、二人は切なくなった。
「オパール……………寂しい?」
その答えを聞く前に、母親が戻ってきた。