糸し糸しと言う心



『恋って何だろう?』


軽い足運びで一歩進むと、ゆらりとしっぽが揺れる。

また一歩進むと、今度は反対に揺れる。

よく目にする恋人たちは、見つめあい、笑いあい、時にはそっと触れあったりしている。

恋って何だろう?

塀の上で立ち止まった猫は、そこから窓をのぞき込む。

ベッドに腰掛け、熱心に本を読む少女。
その傍らには、真っ白な猫が彼女を見守るように侍っている。

ふいにその白猫が顔を上げた。
そして窓に目を向ける。

二匹の猫の視線がぶつかる。
ただしその瞳は4つではない。
白猫の片方の瞳は閉じられたままだった。


「あら?土門さん、あれ…」

「ん?オパールか?」

「そう、よね?」

信号待ちしていた車の中で、マリコが気づいた。
ハンドルを握っていた土門も一瞬で確認した。

「あんなところで、何してるのかしら」

「ちょっと様子を見てみるか」

信号が青に変わったことを幸いに、土門は目の前のコインパーキングに車を入れた。

二人は少し離れた場所からオパールを見守る。

しかし間もなく、オパールはひらりと塀を飛び降りてしまった。

「あ!」

「あの家に友達でもいるんじゃないのか?」

「そうかもしれないわね」

「ああ。帰るか」

「ええ」とマリコが返事をしたとき、何かが割れる大きな音がした。

「何だ!?」

音の聞こえた方向へ走ると、一軒の家の庭が荒らされているのが見えた。
恐らく台の上にきれいに並べられていたであろう鉢植えがすべて落ち、いくつかは割れていた。
その現場に佇む容疑者が…。

「オパール!?」

「お前がやったのか?おい!?」

「待って、土門さん。オパールは賢い子よ。イタズラでこんなことするはずないわ」

「だったら………まさか!?」

「訪ねてみましょう」

二人は庭から玄関に回ると、インターフォンを鳴らした。

『……………』

何度か鳴らしても、中から応答はない。

玄関の表札には鷺沼と書かれていた。

マリコがドアノブに手をかけると、予想に反して鍵は開いていた。

「どうする?」

「入ってみよう。万一ということもある」

「そうね。鷺沼さん、お邪魔します!」

マリコと土門は廊下を奥へと進む。

すると、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。

「オパールか?」

「違う。鳴き声はこの部屋の中から聞こえるわ」

「榊、下がってろ」

土門はマリコを背にかばうと、目の前のドアを開いた。

「おい!」

部屋のベッドの上には白い猫がいた。
鳴き続けるその白猫の足元には、一人の少女が静かに横たわっている。
身じろぎひとつしない。
生の息吹を感じないその様子に、マリコは土門の背中を抜け出し、少女のもとへ駆け寄った。

「聞こえますか?」

マリコは少女の肩を揺すり、問いかける。
すると、少女はゆっくりと瞳を開けた。

「よかったわ。気分はどう?」

「……サイアク!」

「え?」

むっくりと起き上がった少女は、ワンピース姿のままベッドの上にあぐらをかき、長い髪を鬱陶しそうに掻き上げると両手を頭の後ろに組んだ。

「オバサン、誰?」


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