ウェディング・エチュード
「タイムリミットは40分ね」
マリコはタイマーを確認した。
「それなら間に合いそうだな」
「ええ。発見が早くてよかったわ」
二人はその場で処理班の到着を待つことにした。
程なくして、重厚な装備の男たちが現れた。
そこにはマリコと面識のある柿沢の姿もあった。
しかし挨拶を交わす間もなく、すぐに解体処理が始まった。
ところが…。
予想外に解体作業は難航していた。
「どうですか?」
マリコは邪魔にならぬ様、一番後ろの隊員に声をかけた。
「トラップの数がとにかくすごいんです。これを見てください」
隊員はX線で撮ったケーキの写真を見せてくれた。
するとデコレーションの真下、全面が起爆装置になっていた。
「これ、爆薬は?」
「起爆装置の下です」
「それも全面に?」
「そのようです」
「……………」
「榊?」
二人の会話に不穏なものを感じ、土門も近づいてきた。
「爆薬の量も問題だけど、このケーキの大きさ分トラップが仕掛けられているなら、相当な数よ。一つ一つ検討して解除するのは時間がかかるでしょうね」
時間は刻一刻と過ぎていく。
タイマーは無機質な音をたてながら、残り時間を減らしていく。
「どうする?」
「……待つしかないわ」
残り時間は10分を切っていた。
そしてタイマーが7分を切ったところで、土門は先ほどの隊員から無線を借りた。
「蒲原、避難はどうなってる?」
『土門さん!今どこですか?』
「まだ処理現場だ。それで?」
『避難は先ほど完了しました。それと、ケーキ業者の話では、数分前にケーキの依頼人からネットで入金があったそうです』
「なに!?」
『今、科捜研がサイバー犯罪対策課と送金元を調べています』
「わかった。後を頼む」
『土門さん!マリコさんも一緒ですよね?もう捜査員にも退避命令が出ています。戻ってください』
「そいつは花嫁次第だな」
そういうと、土門は一方的に無線を切った。
「榊、退避命令が出ている。俺たちもここを離れよう」
「………………」
振り返ったマリコの大きな瞳が、じっと土門を見つめる。
「…………なんて、言うと思うか?お前のことだ。ここを動くつもりはないんだろう?」
マリコは一瞬“ふっ”と笑うと、再び目の前に意識を集中させた。
『カチッ』と鳴る音と共に、残り時間は4分を切った…。
「土門刑事、蒲原刑事が話したいそうです」
まもなく数字が3に迫ろうかという時、先ほどの隊員が土門に無線を差し出してきた。
「土門だ」
『バカ者!何をやっている!』
「ぶ、部長!?」
思わず土門の背筋が伸びた。
「さっさと退避せんか!これは命令だぞ!!」
「無理です!」
「何だと?」
「榊が動きません」
マリコは「私だけ?」とやや不服そうだ。
『お前らは揃いも揃って…。いいか、よく聞け。犯人が分かった』
「え?」
『あのケーキ業者の自作自演だった。送金元を辿ったサイバー犯罪対策課から連絡があってな。本人を問い詰めたら、認めた。犯人は別にいると思わせようとして、焦って金を振り込んだのが仇になったな』
「やっぱり、あいつか!」
『本人の供述によれば、ひと月前に結婚式目前で婚約者に逃げられた腹いせに計画したそうだ』
「部長。榊が言うには、この爆弾はトラップの数が多く、解除に時間がかかっている状態です。他に解除方法がないか聞き出してもらえませんか?」
『もちろん、やっている。しかし、それについては頑として口を割らんのだ』
「くそっ!」
『とにかく時間がない。たった今、爆弾処理班へも退避命令が出た』
その時、周囲がざわめいた。
土門が顔を上げると、いつの間にかマリコの姿が隣から消えていた。
そのマリコはまさに、爆弾の真ん前にいた。
ウェディングドレスを着たまま座り込み、真剣に基盤を覗き込んでいる。
すでにタイマーは3分を切っている。
「何やってんだ、榊!」
土門は無線を繋いだまま、隊員たちを押しのけ、マリコに近づく。
『おい、土門!榊がどうした?』
藤倉の声に答える余裕は、今の土門にはない。
「土門さん、犯人はわかったの?」
マリコは至って冷静だった。
いつもと変わらぬその声に、土門もやや落ち着きを取り戻す。
「やはり、あのケーキ業者だった。自分が婚約者に逃げられた腹いせの犯行だ」
「そう…」
マリコは回路を睨んだまま沈黙する。
「榊さん、どちらにしますか?」
マリコの隣で柿沢がたずねた。
その理由は、爆弾処理が最後のトラップに差しかかっていたからだ。
最後の最後で犯人が仕掛けたのは、拍子抜けするほどシンプルな仕掛け。
白か黒か。
どちらかの配線を切るしかない。
2分の1の確率。
「どうして白と黒なのかしら。何か理由があるはず……」
マリコは独り言を呟く。
しかし、時間がない。
いよいよ、タイマーは2分を切る。
「榊!もういい、退避だ!」
土門は座り込んだマリコの腹に腕を差し込むと、そのまま抱えあげようとした。
その瞬間。
マリコは振り向き、土門と視線を合わせた。
ーーーーー 健やかなるときも、病めるときも。
ーーーーー 生死をかける今でさえ。
『私と一緒にいてくれる?』
意思の強い大きな瞳が、そう問いかけていた。
ふっと、土門は腕の力を抜く。
『Yes, I do.』
唇だけの動きを、マリコは正確に読み取った。
そして、手にしたケーブルカッターを持ち上げた。