ウェディング・エチュード
「あれ?これ、マリコさん!?」
ワゴン車の中でモニタを監視していた亜美が、すっとんきょうな声をあげた。
「ほら、これ!」
一台の防犯カメラが映し出す映像には、ウェディングドレスの後ろ姿と、続いて…。
「あ、土門さん!」
白いジャケットのがっしりとした背中。
「蒲原さんもいますね」
宇佐見が画面の端に映り込んだ姿に気づいた。
「何か急いでいるみたいだね」
「確認してみます!」
亜美はすぐに蒲原へ無線を飛ばした。
『はい、蒲原』
繋がったところで、亜美はスピーカーに切り替えた。
「蒲原さん、何かあったんですか?」
『数分前にウェディングケーキが届いたんだ。でも俺たちは聞いていなくて、マリコさんに確認したら、マリコさんたちも頼んでいないって。今、ケーキのもとに向かってる』
やがて3人はエレベータ前のカメラに現れた。
ケーキ業者と何か話しているようだ。
そこにもう一人、やってきた女性が話に加わっている。
蒲原は亜美に電話をかけた。
亜美がスマホをスピーカーにセットすると、その場の会話が聞こえてきた。
「困るんですよ。こっちはちゃんと注文もらってるんだから」
「でも、キャンセルのFAXを送っています。こちらには控えもあるんですよ」
「だから!その後に再注文されてますよね?」
「あの、事情を聞かせてもらえませんか?」
水かけ論のままでは平行線を辿るだけ。
そう判断し、土門が仲介に入った。
すると、「実は」とプランナーが話し始めた。
「先日、私どもからこちらへウェディングケーキの注文をいたしました。それは本日開催予定だったウェディングフェアーで使うためのものです。ですが、ウェディングフェアーの中止が決まり、ケーキの注文もキャンセルをFAXでお願いした次第です」
それに対し、ケーキ業者が反論した。
「そのFAXは受け取ってますよ。だから、一度はキャンセルと受注表には書いてある。だけど、一昨日になって急遽再注文の連絡があったんですよ。ほら……」
そういうと、ケーキ業者はスマホをこちらに向けた。
そこには、確かに今日、このホテルにケーキを届けてほしいと書かれていた。
「送信元に心当たりは?」
マリコがプランナーに尋ねる。
「いいえ、少なくともこのホテルのアカウントじゃありません」
「そうですか…」
「ところで、ウェディングフェアーの件を聞かせてもらえませんか?」
「あ、はい。ご結婚を考えていらっしゃるカップルに、模擬結婚式を体験してもらう予定でした。その際にウェディングケーキも用意し、ケーキカットとファーストバイトも体験に組み込まれていたんです。ですが、数日前に支配人が中止の判断をされて、ケーキもキャンセルしました」
「ということは、再注文なんてホテル関係者がするわけないですね」
「もちろんです!」
土門の言葉に、プランナーは大きく頷いた。
「土門さん、このケーキ開けてみましょう。嫌な予感がするわ」
「お前もか?こんな時だけ、俺たちは意見の一致が早いな」
純白のタキシードには少々不釣り合いな皮肉笑いを浮かべると、土門はケーキ業者に箱を開けるように依頼した。
「いいんですか?お代はそちらが払ってくれるんですよね?」
「構いません」
「それなら……」
ケーキ業者が箱を開くと、スクエア型のウェディングケーキが現れた。
中央には、“Happy Wedding!”と書かれたプレート。
それを囲むようにハート型にイチゴが綺麗に並んでいる。
「このケーキ、結婚式では大体どのあたりにナイフを入れるものなんですか?」
「この辺ですね」
さすが専門家だ。
プランナーは迷うことなく、ある部分を指差した。
「ということは…。蒲原さん、手袋持ってる?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
おなじみの白手袋をはめると、マリコは慎重にプレートを動かす。
そしてそのプレートを使って、少しずつ生クリームを削っていった。
すると……。
「見て!」
ケーキの中から、幾度か目にしたことのあるタイマーの電子画面が現れた。
「蒲原、至急爆弾処理班を呼べ!それと避難誘導だ!」
「はい!」
蒲原は無線に早口で指示を出す。
「あの、これは一体……」
何も知らされていなかったプランナーはもちろん、ケーキ業者も何事かと状況を飲み込めずにいる。
だが……。
「おい!こいつは、お前の仕業か!?」
土門がケーキ業者に迫る。
「ち、違いますよ!」
「しかし、あんな仕掛けができるのはあんたしかいないだろう?」
「それは誤解です。ウェディングフェアーでは毎回同じデザインのケーキを使うんです。だから、いつでも数個は店の冷凍庫にストックがあるんです。うちの店にも沢山の人間が出入りしていますし、冷凍庫には鍵も掛かっていません。誰が冷凍庫を開けたのかなんて把握はしていませんよ」
土門は暫く相手の顔をじっと見ていたが、プランナーに視線を移した。
「ウェディングフェアーで毎回同じケーキを使う、というのは本当ですか?」
「はい。季節ごとに飾るフルーツが変わることはありますが、それ以外は毎回同じものを届けてもらっています」
「しかし、ストックが何個かあるというなら、今日このケーキを選ぶとは限らないだろう?」
土門は再び疑惑の目をケーキ業者へ向けた。
「うちでは、いつも一番手前のケーキから運ぶようにしています。その様子はSNSで挙げたりもしていますから、誰でも知っていますよ」
ふむ、と土門は一応納得した。
「わかりました。見ての通り、このケーキには爆弾が仕込まれています」
「「爆弾!?」」
「二人とも、あの刑事に従って避難してください」
「「わ、わかりました」」
「ああ!あなたにはケーキの依頼主について聞きたいことがある。無断で帰ったりしないでくださいよ」
土門はケーキ業者へ釘を刺した。
「は、はい」
「では、行きましょう」
蒲原先導のもと、二人は小走りでこの場を離れていった。