ウェディング・エチュード



チャペルのあるフロアの一角には、貸衣装の店舗があった。
ウエディングだけでなく、カクテルドレスに、着物まで幅広く取り揃えられているようだ。

「土門さま、榊さま。この度はおめでとうございます。お二人の門出にふさわしいお衣装選びから着付けまで、私どもが心を込めてお手伝いさせていただきます」

担当プランナーに深々とお辞儀をされると、二人はどこかこそばゆい。
お式までの流れを、順を追って説明してくれているプランナーの声も、マリコには上の空だ。
事件のことを考えているかと思えば、どうやらそうでもないらしい。
マリコは真剣にプランナーの話を聞く、土門の顔をじっと見つめていた。

『事件捜査のためだけど、私は…土門さんと結婚式を挙げるのね』

一度失敗を経験しているマリコには、殊更な結婚願望はない。
でも女性にとって、やはりウエディングドレスは憧れだ。
たから、マリコは純粋に嬉しかった。

「隣に並ぶ相手を決めろ」そう藤倉に言われたとき、最初にマリコの頭に浮かんだのは土門だった。
土門以外考えられないと思った。

だけど、“捜査のため”という気持ちが、どこかマリコの心にブレーキをかけた。
それが、マリコがあの時、宇佐見の名前を挙げた本当の理由だ。
そこにマリコの本心が隠れているのだが、本人は気づいていないようだ。


「榊さまは、どのようなドレスがご希望ですか?」

ふいに名前を呼ばれ、マリコは視線をずらした。

「ええと…」

「どんなドレスでもお似合いかと思いますが、ご希望があればお聞かせください」

「ええと……」

急ごしらえの花嫁は、何の下調べもしていなかった。

「どんなドレスが人気なのか、教えてもらえますか?」

「ええと」の先が続かないマリコに、土門が助け舟を出してくれた。

「そうですね。最近のトレンドですと……」

プランナーからデザインの名前を聞いても、二人はいまいちピンとこない。

「よろしければ、試着されてみませんか?」

見かねたプランナーが提案する。

「そうだな。そのほうがかえって早く決まるかもしれんな。どうだ?」

「わかったわ」

マリコも賛成した。




さて。
試着とはいっても、普段着を羽織るのとは訳が違う。
マリコは美容師の手を借りながら、何とか一着目のドレスを身に着けた。

試着室の扉が開くと、さすがの土門も声を失った。

「こちらは花嫁さんに一番人気のAラインドレスです」

アルファベットのAを模したドレスで、裾に向かってなだらかにスカートが広がっていく。
マリコの着用したものは、肩と胸元が大きく開いたデザインで、ウエストから下はたっぷりとレースがあしらわれ、豪華な雰囲気だ。

「どう……かしら?」

ためらいがちに、マリコは土門を見る。

「……………」

土門はマリコを凝視したまま、答えない。

「土門さん?」

「あ、いや。似合ってる……と思う」

「最後が余計ね」

マリコはムッと拗ねる。

「あの、あちらのドレスも着てみてもいいですか?」

マリコが指差したのは、マーメイドラインのドレス。
その名の通り、人魚の尾をイメージしたどちらかといえばタイトなドレスだ。

「もちろんです」

マリコは再び試着室に戻った。


土門は無意識に詰めていた息を吐き出した。
何だかとんでもないものを見てしまった気がする。
今からこんな状態で、本番を無事に乗り切れるのか…土門は正直不安になった。

「とてもお似合いでしたね」

プランナーが土門に問いかける。

「ええ、まあ」

「新郎さまは気になるドレスがございますか?」

「いえ。自分は彼女が着たいものを選んでくれれば…」

そこまで言って、しかし、と土門は続けた。

「さっきのように、露出が多いドレスはちょっと… 」

土門は式の参加者が捜査員であることをふまえ、そう言ったのだが、プランナーはどう誤解したのか、小さく吹き出した。

「そうですね。新郎さまとしては新婦さまを独り占めしたいですよね」

失礼しました、と言いながら尚もププッと笑う。
土門は憮然としたが、100%違うとも言い切れないので仕方ない。

そうこうしているうちに、マリコが姿を見せた。

今度のドレスは首元から肩、そして手首まで、レースの生地に覆われていた。
ウエストと膝の絞りがマリコのスタイルの良さを際立たせている。

「土門さん、これ、いいと思わない?」

「ん?」

「いざとなったら、膝下を破れば動けそうよ」

土門の耳元に小声で囁くマリコ。

「お前は、まったく…」

呆れつつも、それがマリコだったと土門は苦笑する。

「それより、ドレスは気に入ったのか?俺との結婚式に着るんだぞ?」

「う、うん。もちろん気に入ったわ」

「そうか。それならいい。よく似合っているしな」

露出が少ないところも土門は気に入った。

「……………あ、ありがと」

そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていたプランナー。

「本当にお綺麗ですよ。ベールを付けたら、聖母マリアのようですね」

「名前だけは似ているな」

土門の皮肉に、マリコはぷっと頬を膨らませる。

「そんな顔するな。せっかく綺麗なんだ」

「え!?」

土門はマリコに背中を向けると、すぐにプランナーと何か相談を始めてしまった。

もう一度だけ。
ちゃんと聞きたかったのに…と思うマリコは、仕方なしに試着室へ戻っていった。


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