ウェディング・エチュード



それからは支配人の指摘通り、土門は犯人の取り調べや起訴に向けての裏取り。
マリコと科捜研のメンバーは、証拠品の鑑定と、しばらく慌ただしい日々を過ごしていた。


そんな午後のひととき。
少しだけ手の空いた三人は、今回の事件を振り返っていた。


「結局、密告者は誰だったんだろうねー」

「犯人は、ネットゲームの仲間には犯行を匂わせていたらしいから、その中の誰かじゃないかって蒲原さんは言ってた」

「でも、それ以上の特定はしないそうだよ」

「そうなんだー。…………あ!」

ふいに、呂太のお菓子アンテナが反応した。

「まいど!」

早月が科捜研へひょっこりと顔を出したのだ。

「今日のおみやは………京都インペリアルホテル特製プリンよ!」

「うわぁ、美味しそう♪」

呂太はさっそく箱を開ける。

「もう営業再開したんですね」

「昨日からみたい。みんなの活躍のおかげで、またこのプリンが食べられます。ありがたや、ありがたや」

拝む早月を、宇佐見は楽しそうに見ている。

「そうだ、マリコさんは?研究室?」

「はい」

「マリコさんに写真見せてもらわなくちゃ♪」

「写真…ですか?」

「そう!ウェディングドレスの写真を撮って見せてね、って約束してたじゃない?マリコさーん」

「あ…」

ウキウキとマリコのもとへ向かう早月を、宇佐見には止めることができなかった。


「マリコさーん」

「先生。いらっしゃい」

「マリコさん、この前は大変だったわねー。でも二人もホテルも無事でよかった!」

「はい」

「で?」

「はい?」

「写真は?」

「……………写真?」

「やあね、とぼけちゃって。『ウェディングドレスの写真を見せてね』って約束したじゃない?」

「あっ!」

「マーリーコーさん?」

早月の目が据わる。

「ご、ごめんなさい」

「もー、あんなに何回も念を押したのに」

「お式になる前に爆弾が見つかってしまったので、それどころじゃなくて……」

「しょうがないなぁ。楽しみにしてたんだけど」

むぅ、と膨れる早月。

その時、部屋のドアがノックされ、亜美がお団子頭をのぞかせた。

「先生。後ろ姿の写真ならありますけど?」

「ほんと!?ナーイス♪」

「え?」

いつの間に撮ったのだろうと、マリコは驚いた。

「蒲原さんが爆弾ケーキを撮影したとき、ちょうどお二人の後ろ姿も一緒に撮れたそうです。これですよ」

確かに、亜美のスマホの画面にはタキシードの背中とベールは映っていた。

「うーん、やっぱり正面からの写真が見たかったな」

「すみません。下着も洗ってお返ししますね」

「いいわよ。それはマリコさんのサイズだもの。マリコさんにあげるわ」

「でも…」

「いいから。その代わり、もしまたこんな機会があったときには、ぜーったい証拠写真を撮ること!約束よっ」

ビシっと早月に凄まれ、さすがのマリコも大人しく頷いた。




同じ頃、京都府警に京都インペリアルホテルの支配人から大きな荷物が届いた。
宛先は、土門とマリコの連名だ。
そのため、土門は仕事を終えると、荷物を抱えマリコの家を訪ねた。


「何かしら?」

「開けてみよう」

二人はソファに腰掛け、足元の箱からガムテープを剥がしていった。
ダンボールの中身は、あの日二人が着たのと全く同じドレスとタキシードだった。

土門は一番上に乗っていた封筒を取り出した。

*****

土門さま。
榊さま。

その節は大変お世話になりました。
お二人のウェディング姿、とてもよくお似合いでした。
よろしければ“本番”でお使いください。
その時はぜひ当ホテルのご利用をお待ちしております。

****

そして手紙と共に、写真が一枚。
やや画像が荒いのは、それが動画を切り取ったものだからかもしれない。

背景はおそらく支配人室。
そして写っているのは、顔を見合わせ笑っている二人。

「まいったな。確かにあの部屋、防犯カメラがあったな」

マリコは早月のことが頭を過ぎった。

『この写真を見せようか?』

けれどマリコはためらった。
何となく…これは誰にも見せたくないと思ってしまったのだ。

私と土門さんだけが知っていればいい、と。

すると土門もまた、その写真をスマホで撮影していた。

「せっかくの記念だからな」

そして、写真はマリコに渡した。

「お前が持っていてくれ」

マリコは頷いた。



「それにしても。この衣装、どうする?」

「このまま、しまっておくしかないわよね…」

土門は、今スマホに取り込んだばかりの画像を見返す。

ベールはなく、やや髪も乱れてしまっているが、そこには自然な表情で笑う美しい花嫁がいた。

――――― もう一度見てみたい。

そう思ってしまうのは、贅沢だろうか?

土門は、ごほんと咳払いをした。

「しかし、サイズが変わったら着れなくなてしまうかもしれんな」

土門は早鐘を打つ鼓動を無視し、つとめて冷静を装う。

「そう?アジャスターもついてるし、大丈夫じゃない?」

「………………」

まったく気づかない、それこそがマリコだ。
しかし今回、土門はここで引き下がることはしなかった。

「そういう意味じゃなくて!」

土門は、マリコをソファの端に追い詰める。

「ど、土門さん?」

「俺は今すぐにでも着たいと思ってる。お前は?」

珍しく顔を赤らめて、迫る土門。
やっと意味を飲み込んだマリコの頬もまた、桜色に染まる。

「榊、もう一度あのドレスを着てくれないか?」

その返事は…。


『Yes, I do.』










ところが、マリコの答えは音にならない。
なぜなら。
その唇は塞がれてしまったからだ。

誓いの言葉はただ一度。

握り合った手に輝く…永遠の愛の証と共に。



fin.


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