ウェディング・エチュード
「マリコさん!土門さん!!」
車内で亜美が叫んだ。
他のメンバーも、固唾を飲んで車窓からホテルを見上げる。
1分経ち…。
2分経ち……。
辺りは静寂に包まれたままだった。
「あれ?爆発…してないよ」
「解除できたんでしょうか?」
呂太と宇佐見が心配する中、蒲原から無線が流れてきた。
『解除成功したそうです!土門さんもマリコさんも無事です!!!』
「よ、よかったぁ…」
亜美は肩の力を抜くと、PCの上に突っ伏した。
現場は異様な程に静まり返っていた。
誰もが息を止め、固まる。
タイマーは残り1分1秒で止まっていた。
「や、やった!」
誰かが声を上げた。
するとそれにつられて、あちこちから安堵のため息や拍手が聞こえてきた。
「まったく!肝が冷えたぞ」
土門は人の目も忘れ、思わず背後からマリコを抱きしめた。
しかし誰一人咎める者はなく、むしろ生きているからこその、その光景を感慨深く見守っていた。
「榊さん、どうして白を切ったんですか?」
「犯人は結婚式そのものを憎んでいたんじゃないかと思ったんです。一般的に白は結婚式、黒はお葬式のイメージですよね?だから、一か八か…犯人の憎む白を切断したんです」
「なるほど…」
理由を聞き、柿沢はしきりと感心していた。
それは土門も同じだ。
この緊張感のある場面で、一瞬のうちにそこまで考えて判断を下すことなど、刑事でさえ簡単にはできない。
「大した女だな。お前は」
「土門、その“大した女”に代われ」
突然聞こえてきた藤倉の声に、土門は無線を繋いだままだったことを思い出した。
「榊、部長だ」
「はい、榊です」
『………………………無事か?』
「はい」
『…………………………そうか』
深いため息。
『実は、ホテルの支配人がお前たちと話がしたいと言っている。今から支配人室へ向かいたいそうだが、残務処理の方はどうだ?』
「起爆装置は完全に止まっています。たった今、芯官も抜けました。大丈夫です」
『わかった。では土門と支配人室へ向かってくれ』
「わかりました」
マリコは、土門に今の話を伝え、二人は現場を離れて支配人室へ向った。
二人が待っていると、程なくして支配人が現れた。
「お二人とも、怪我もなく…本当に良かったです」
支配人は心底ほっとした様子だった。
「我々にお話があると聞きましたが?」
「はい。お二人にお礼を伝えたかったんです」
「え?」
「このまま外へ出れば、落ち着いて話す時間は取れないでしょう。私はマスコミ対応に追われますし、あなた方は捜査。お話するなら今しかないと思いました」
「それでわざわざ…」
マリコも驚いたようだ。
「このホテルに、大切な想い出をお持ちのお客様は沢山いらっしゃいます。その方たちのためにも、このホテルは絶対に守りたかった。あなた達はじめ、警察の皆さんには感謝してもしきれません。ありがとうございます」
支配人は深々と頭を下げてみせた。
何よりも客を想うその心根があってこその、支配人なのだろう。
土門は素直に感心した。
「いいえ、こちらこそ。数々のご協力、感謝します」
土門もまた、最上級の礼で応えた。
支配人はそんな土門をじっと見ている。
「………何か?」
「失礼。あなたを見ていると、若い頃お世話になったホテルマンの先輩を思い出すのです。とてもよく似ていらっしゃる」
「ほう?」
「確か、今はプラトンロイヤルホテル八ヶ岳の総支配人をされていると思います。機会があればぜひ訪ねてみてください」
「覚えておきます。それにしても、今回はお借りした衣装をこんなに汚してしまって申し訳ない」
土門は自分とマリコの姿を改めて見た。
白いタキシードは所々擦れたような汚れが目立つ。
マリコに至っては、床に座り込んだため、ドレスにはひどい折皺がつき、裾のあたりは灰色に汚れていた。
おまけにベールはすでにどこへいったのやら…。
「いいえ。構いませんよ。そのままお返しください。衣装は取り替えがききますが、人の命はそうはいきません」
「仰る通りです」
「それに、無事に事件解決されたあなた方は、ドレスやタキシードよりずっと輝いていますよ!」
茶目っ気たっぷりにウィンクされ、顔を見合わせた二人は思わず笑顔を見せた。
それは間違いなく、今日一番のベストショットだった。