other half



「ふーん、そういうことですか」

いくらも歩かないうちに、そんな声がマリコを足止めした。

「丸山さん!?どうしてここに……」

「どうして?昨日からのあなたの行動を確認していたんですよ。妻にと望んだ女が、僕の誘いを断った。そりゃ、理由が気になるでしょう?」

丸山は、わざとマリコの行く手を阻むように立ち塞がる。

「しかしまさか、朝帰りとはね。純粋そうな顔をしてやりますね」

ふん!と丸山は皮肉たっぷりに笑う。

マリコは、そんな丸山におぞましさを感じて血の気が引いていく。
早くこの場を去らなければと思うのだが、金縛りにあったかのように体が動かない。

「まあ、いいでしょう。アメリカに留学していたとき、あちらの女性たちはとても奔放で、開放的だった。そういう女性も嫌いじゃない。マリコさんがもう済んで・・・いるなら、僕も気が楽だ」

丸山はマリコの腕を掴んだ。

「は、放してください!」

そんな声には耳も貸さない男。

「今度は僕に付き合ってもらいますよ」

「!?」

丸山の狙いを理解したマリコは必死で抵抗する。

「やめて、放して!」

腕を振り払おうとしてもビクともしない。

「大人しくしろ!」

業を煮やした丸山が、手を振り上げた。

殴られる!?
マリコは反射的に目を閉じた。

「おいっ!」

鋭い一声と、「ぐっ」といううめき声が、盲目のマリコの耳に届いた。
しかし、予想していた衝撃はない。
恐る恐る目を開けてみると…。

「この人に何をしている!」

今にも振り下ろされそうな腕は、もう一人の男に強く掴まれていた。
ギリギリと締め上げられているのか、丸山に苦しそうな表情が浮かぶ。

「土門少尉!」

マリコはすがるような声を上げた。

「マリコさん、怪我は?」

「大丈夫です。あの、もう放してあげてください。苦しそうだわ」

「あなたがそういうのなら」

腕を開放された丸山は、突然現れた男を睨みつけた。

「お前がマリコさんの相手か!この僕に乱暴を働くとはいい度胸だな。少尉というからには、軍人か?」

「陸軍所属、土門薫少尉だ」

「ふん!少尉風情が…。僕の母は大佐の奥方と昵懇だ。覚悟しておくんだな。マリコさん、あなたもだ」

丸山はマリコのほうへ顔を向けた。
その瞳には嫉妬と、憎しみの色がありありと浮かんでいる。

「榊先生はこのことをご存知なんですか?」

「……………」

そこを突かれるのが、マリコには一番辛い。

「ご存知ではない?」

丸山は仄暗い笑いを見せる。

「では僕がお伝えしたらどう思うでしょうね?大切なお嬢さんをどこの馬の骨ともわからぬ男に傷物にされ……………」


ーーーーー パン!


乾いた音があたりに響いた。

「謝罪してください!」

マリコは生まれて初めて人を叩いた。
手のひらがじんと痛む感覚すら、怒りで忘れてしまった。

「失礼だわ!土門少尉に謝って!!」

「女のくせに…」

殴られたことでカッとなった丸山は、再びマリコに掴みかかる。
しかし、土門少尉がマリコを背に庇った。

「もう帰ったほうがいい。世間の目というものがある」

丸山が周囲を見回すと、近所の人々が何事かと顔をのぞかせたり、こちらを見てひそひそと話し込んだりしていた。

「ちっ。このままでは済まさないからな!」

丸山はそう吐き捨てると、黒煙を舞い上げ、車で帰っていった。


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