other half



そしてまた休みの前日。
丸山から今度はショッピングの誘いがあった。
しかし、その少し前。
マリコは土門少尉からの電話を受けていた。

『戻って来ました。やはりこちらは温かいな。マリコさん。明日、うちに来ませんか?庭の梅が咲き出していい香りだ。一緒に餅でも食べながら眺めるのはどうだろう?』

しばらくぶりに聞いた少尉の声は耳に心地よく。
女性を誘うのに「餅だなんて」と、マリコは思わず笑ってしまった。
そして、こんなふうに自然に笑ったことが久しぶりだと気づいた。

『やっぱり、私には…』

揺るがぬ思いを新たにし、今度ばかりは丸山の誘いをきっぱりと断るマリコだった。



土門少尉との逢瀬の当日。
マリコは親友の早月に電話をかけた。

『マリコさん、本気?』

「早月さんに迷惑はかけないわ。後生だから」

マリコは電話の向こうの早月に手を合わせる。

『マリコさん。あなた、そんなに少尉のこと…』

「一緒に……………いたいの」

それは早月がこれまで聞いたことのないマリコの声だった。

『わかったわ!私はマリコさんの味方よ。全力で応援するし、協力するから!』

「早月さん、ありがとう!」




マリコが呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉がカラリと開いた。

「いらっしゃい」

迎えてくれた土門少尉は、着流し姿だった。

「あの、これ…お土産です」

マリコはここへ来る途中で買い求めたおせんべいを土門少尉に手渡した。

その一瞬、手が触れただけでマリコは下を向いてしまった。
久しぶりの少尉の姿に、ドギマギしてしまったのだ。

「ありがとう。いい匂いだ」

くんくんと鼻を動かし、幸せそうな笑顔。
マリコの心臓がきゅんとした。



縁側に火鉢を用意し、二人は寄り添い合って庭を眺める。
綻びはじめた紅梅が芳しい香りを運んでくる。
時おり聞こえる鳥の声。
火種の弾ける音。

何も特別なことはないけれど、何よりもマリコは満たされる。

やがて、香ばしい匂いが漂ってきた。

「餅が焼けたようだ。ほら!」

ぷっくりとした餅のマネをして、頬を膨らませる土門少尉。
マリコは、吹き出した。

「磯辺ときな粉、どっちがいい?」

「うーん。きな粉がいいです」

「承知した」

土門少尉は慣れた手つきでたっぷりきな粉をまぶすと、出来上がった餅をマリコに差し出した。

「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます!」

ぱくっと餅に齧りつくと、きな粉が舞った。
マリコの鼻が粉にまみれた様子に、今度は土門少尉が笑った。

「マリコさん、拭いてあげよう。こちらを向いて」

言われた通りに顔を向けると、土門少尉はマリコの鼻を優しく拭ってくれた。

二人の距離が一気に近づく。

土門少尉はいつまで経ってもマリコを離そうとはしない。
マリコもその雰囲気に徐々に頬を赤らめる。

「マリコさん…」

マリコはそっと目を閉じた。

優しい、優しい口づけは、まるで砂糖菓子のように甘く、マリコを溶かしてしまう。

「少尉。土門少尉。どうか今夜はこのまま……」

「しかし…」

「今夜は早月さんのお宅へ泊まると言ってきました」

「……悪い子だ」

「駄目ですか?こんな私は…嫌い、ですか?」

「駄目ではないし、あなたを嫌いになんて、なれる訳がない…」

少尉は縁側の窓を閉じると、障子戸を静かに合わせた。
光の遮られた室内で、二人の影は重なり、沈んでいく。
やがて皓々と澄んだ朗月が浮かんでも……なお。


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