other half
次の休日。
約束通り丸山はマリコを誘いにやって来た。
まったく気の進まないマリコだったが、伊知郎のたっての頼みで渋々支度を始めた。
本当は土門少尉と会う日のためにと用意していたワンピースを着るように指示され、靴ずれが出来てしまうから…と敬遠していたヒールを履かされた。
「やあ、マリコさん。僕のこと、思い出してくれたかな?」
爽やかな笑顔に、白い歯がキラリと光る。
「はぁ…」
「車を用意したんです。ドライブしましょう!」
マリコの気の抜けた返事も意に介さず、丸山は馴れ馴れしくその肩を抱いてエスコートする。
「……………はい」
外に出ると、ピカピカに輝く馬車のような四輪車が道に停車していた。
近所の人たちも物珍しそうに顔をのぞかせている。
「さあ、乗って」
丸山に手を取られ、マリコは助手席に収まった。
ブロロロ…。
二人を乗せた車は、大きな音と黒い煙を吐いて走り去った。
「マリコさん、………………!」
運転中、丸山はずっと話し続けている。
けれどエンジン音がうるさくて、マリコの耳にはほとんど届かない。
仕方なく、マリコは付き合い程度に相槌を打つだけだ。
……退屈だった。
きっと土門少尉なら、こんなときは無言で、マリコに車窓の景色を楽しませてくれるだろう。
そして停車すると、どこが綺麗だったか、帰りに寄ってみたいところはなかったか、そんな風に聞いてくれるだろう。
自分の話や考えを押し付けるようなことはしない。
いつだってマリコのことを慮ってくれる。
「さあ、マリコさん。着きましたよ」
そこは海だった。
「……………」
こんな時期にどうしてこんなところへ連れて来たのだろう。
それに、今日のマリコの出で立ちを見れば、砂浜の散策に向いていないことは一目瞭然なのに。
「冬の海ってロマンチックですよね。寒いけど、少し歩きましょう」
「……………」
許可もとらず、丸山はマリコの手を握るとずんずんと歩いていく。
マリコは足場の悪い砂浜をヒールで付いていくのが精一杯だ。
だんだん靴と皮膚が擦れて痛みだしてきた。
「それにしても最後に会ったときはまだ子どもだったのに、とても美しくなりましたね。今日の服装も素敵だ」
「ありがとうございます。でも海辺の散歩には向いていませんね」
マリコは皮肉をこめたつもりだ。
「そうですか?僕はそんなこと、気にしませんよ。それよりこれからどうしますか?どこか行きたいところがありますか?あ、そうだ。何か温かいものでも飲みに行きましょう!」
「……………」
マリコの行きたいところ。
それは土門少尉のもとだ。
それが叶わないのなら……もう家に帰りたかった。