other half
「ところで榊先生。マリコさん、ご結婚の予定は?」
訪問の帰り、榊家の玄関で見送りに立つ伊知郎へ丸山がたずねた。
「いやいや。それが全くでね。お恥ずかしい」
「そうですか…」
丸山は、ふむっと考え込むと。
「先生、私ではいけませんか?」
「え!?」
「もし宜しければ、マリコさんを私の妻に」
「丸山くん、本気かね?」
「もちろんです。榊先生のご息女ならば聡明さは折り紙付き。それにあの美貌です。マリコさんなら、気難しい母も賛成するでしょう」
「しかし、今のマリコのことはよくわからないだろう。お宅にご迷惑がかかるようなことになっては…」
「今すぐ、とはいいません。マリコさんの気持ちもあるでしょう。私は無理強いはしたくありません。どうでしょう?しばらくお付き合いをさせていただけませんか?改めてお互いを知った上で、マリコさんも私との結婚を望んでくれるなら、そのときはぜひ」
「そういうことなら、私に異存はないよ」
「ありがとうございます。それでは、今度の休みにマリコさんを誘いに参ります」
「わかった。マリコには私から伝えておこう。丸山くん、よろしく頼むよ」
「はい」
「お父さま!どうして、そんな勝手なこと!」
榊家の広間では、ただいま親子喧嘩…というより、マリコが一方的に激怒していた。
「マ、マリコ、落ち着きなさい」
伊知郎はおろおろと娘を宥める。
「いい話だろう?丸山くんは間違いなく、私の跡を継ぐ研究者だ。しかもあの丸山財閥の御曹司。お前が嫁入りしても一生苦労せずにすむだろう。親としては願ってもいない相手だよ」
「だからって、私に黙って決めるなんて…」
「丸山くんもすぐにと言っているわけじゃないんだ。しばらく付き合ってみて、相性を見たいと言っていたし、無理強いするつもりもなさそうだったよ。それとも……他に誰が好きな人でもいるのかい?」
マリコは一度開きかけた口を閉じると、キッと父親を睨んだ。
「お父さまの馬鹿!!!」
マリコは自分の部屋へ駆け込んだ。
マリコは部屋へ入ると、バフッとベッドにダイブした。
「お父さまの馬鹿、馬鹿、馬鹿!どうしよう、どうしよう、どうしよう…」
気持ちの整理がつかず、マリコはシーツの上でぐすっと鼻を鳴らした。
土門少尉との夢心地の時間から、一気に地獄へ突き落とされたようだ。
マリコは父親の言葉を反芻した。
「誰が好きな人……なんて、いるに決まってるじゃない!」
マリコは土門少尉と交際していることを、まだ両親には話していなかった。
マリコの少尉に対する気持ちは真剣だ。
ゆくゆくは土門少尉と添い遂げたいとまで思っている。
けれど、土門少尉のほうはどうだろう。
自分を大切に思ってくれていることは、マリコにもわかる。
でもこれからのこと、将来のことについて、きちんと話し合ったことは一度もないのだ。
土門少尉に、マリコと一緒になる気持ちがあるのかどうか。
その答えがマリコには見えない。
こんな状態では丸山との縁談をつっぱねることも、土門少尉とのことを公言することも難しい。
はがゆい思いだけが、マリコに重くのしかかるのだった。