other half



息を切らせてマリコは走る。
土門少尉の家に。
その人の腕の中へ。


「少尉!」

声を張ると、玄関が開いた。

「マリコさん!?まだここへ来るのは…」

「お父さまが許してくれたの!」

マリコは説明するのももどかしく、その広い胸に飛び込んだ。

「少尉!少尉!少尉!!」

自分の名を呼びながらすがりつく、愛おしい温もり。
土門少尉もまた、その体を力の限り抱きしめた。

「マリコさん、会いたかった……」

そのひと言に、マリコは涙を流した。




茶の間に落ち着いたマリコは、これまでの経緯を丁寧に土門少尉へ説明した。
本当はその時間さえ惜しいと思ったけれど、土門少尉がすべて聞きたいと頼んだのだ。
自分たちのために誰かを傷つけていないか、迷惑をかけていないか、少尉は確認しておきたかった。
後々、マリコが傷つくことのないように。

顛末を聞き終え、納得した土門少尉は「良かった」とうなずいた。

「もう一つ、父から少尉へ渡してほしいと預かってきたものがあるんです」

マリコは伊知郎に渡されたのは小箱を少尉の手に乗せた。
少尉は箱を開く。

「これは?」

「父が愛用していたカフスです」

「そんな大切なものをなぜ?」

「父は『約束の証』だと言っていました。土門少尉へ大切なものを託すと約束した。その証だと」

マリコは土門少尉の瞳を見つめた。

「父に、その意味は少尉に聞きなさいと言われました」

「……………」

「少尉。教えて下さい」

土門少尉はしばらく躊躇っていたが、それでも口を開いた。

「マリコさん、あなたは私の運命の人だ」

「え?」

「私は昔、ある人と出会った。その人は今はもうここにはいないが、別れ際にあなたを探すように言われた。そして見つけた。あなたに出会った瞬間、すぐにわかった。私はあなたとめぐり逢い、あなたと共に生きる運命さだめだと」

「少…尉?」

話を聞くうちに、マリコの胸にも渦巻く何かがあった。
確かな記憶はなくとも。
土門少尉と初めてあった時の衝撃。
それはまるで、自分の半身をようやく見つけたような感覚。
そして瞬く間に、恋に堕ちた。

「「私の…運命の人」」

二人は吸い寄せられるように寄り添う。

「もう、あなたなしでは生きていけない」

土門少尉はマリコのおとがいに触れる。

「マリコさん、あなたは私だけのものだ」

すべてを奪い、そして与え合う。
激しく、それでいて穏やかな接吻。

涙を流しているのはマリコだけではなかった。
魂で求め合う二人は、ようやく身も心も真実に結ばれようとしていた。




初めて体を重ねた日と同じように、外では雨が降り出した。
白く煙る視界。
途切れなく弾ける雨音。
そして僅かに漏れ聞こえるのはせつない喘ぎ。

熱の籠もった部屋は、次第に外界から切り離されていく。

「マリコ、さんっ!」

「ぁあ、しょう…いぃぃ………」




「おはよう、は?」

“幸せ”という腕の中で、マリコは聞いてみる。
しかし土門少尉は首を振った。

「今夜は家まで送っていく」

マリコはぷっと頬をふくらませた。

「そんな顔をしても駄目だ。『証』のカフスを受け取った以上、榊教授の信頼は絶対に裏切れない。あなたのためにも」

そう言われては、マリコも黙るしかない。

「わかりました」

「いい子だ」

「それならご褒美をください」

「褒美?」

「少尉…」

甘くねだる運命の人。

「前言撤回。悪い子だ」

土門少尉はやれやれと苦笑する。


「愛しているよ。………マリコ」


予想以上のご褒美に、マリコは目を丸くした。
その様子がおかしくて。
土門少尉は、笑いながら未来の妻に口づけた。



fin.


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