other half



それから2週間。
伊知郎は、丸山家との関係修復に奔走した。
実はマリコとの縁談話が持ち上がったことで、伊知郎は丸山家から研究へ多額の援助を受ける約束をした。
それを当てこんで、伊知郎は大学の研究室へ高額な機材を購入していた。
その支払いのことを伊知郎は懸念していたのだ。

ところが…。

始めこそ何色を示していた丸山家も、ある時から態度を軟化させた。
伊知郎が心配していた援助の件も、約束通り行うと連絡があったのだ。
ほっとしたものの、伊知郎は狐に摘まれたようだった。

そのからくりが判明したのは、それからさらに1週間後だった。

「え?早月くんが?」

マリコの話を聞き、伊知郎は驚いた。

早月とはマリコの従姉妹で、仕出し弁当屋の娘だ。
何でも、今度の一件をマリコから聞いた早月が一肌脱いでくれたらしい。

早月の店は上流階級の家々へ弁当を納めることも多い。
美人で明るい気質の早月は、そうした家の人間からも人気が高く、ときどき奥方たちのお茶の時間にお呼ばれすることもあった。

するとそこで、早月は丸山家の長男が起こした女性への行いを、噂話として語った。
奥方のスキャンダル好きはいつの時代も変わらない。
あっという間にその噂話は広まった。

それに焦ったのが丸山家だ。

「あんの、バカ息子!さっさとアメリカへ強制送還しなさい。しばらくはうちの敷居を跨がせるんじゃありませんよっ!」

バイオリンを握る手をわなわなと震わせ、烈火のごとく怒るのは母親の淳子。

「ち、ちょっと待って!待ってよ!」

息子の側は、何とか弁解を試みようとするも、なしの礫。
実質、丸山家の実権を握る彼女の一声で、火種となった当人は、帰って間もないというのに再びアメリカへ送り返された。

さらにマリコへの謝罪と、家の品位を保つために、榊教授への援助もこれまで通り行うとしたのだ。


かくして。
早月の機転により、榊家は難を逃れることができたのだった。

マリコが早月へ、父からの礼を伝えると。

「マリコさんに協力するって約束したじゃない。あ、でも。もしおじさまがマリコさんと少尉の結婚に反対したら、結果は違っていたかもね〜♪」

などと、恐ろしいことを笑顔で言うのが早月である。

しかしそんな早月も、この美しい従姉妹のことが本当に大好きで、彼女の幸せをずっと願っていたのだ。

「マリコさん、幸せになってね」

「早月さん…」

これから二人の進む道は違っていくかもしれない。
それでも、彼女たちの熱い友情が途切れることはないだろう。




マリコと土門少尉が会えなくなってひと月。
ようやく騒動は落ち着き、ザワついていた人々の口の端にもこの話題がのぼることはなくなった。

そんなある日、マリコは伊知郎に呼ばれた。
書斎にいた伊知郎は、マリコを見ると、小さな箱を差し出した。

「あけてごらん」

言われるまま箱を開くと、中には翡翠のカフスが収まっていた。
マリコはそのカフスに見覚えがある。
伊知郎が正装の際に愛用している品だ。

「そのカフスを、ある人に届けてほしいんだ」

「え?でもお父さまの大切なものでしょう?」

「そうだ。大切なものを託すんだよ。これは…そうだな、約束の証だ」

「どういう意味?どなたに届ければいいの?」

「大切なものを譲ると約束したんだよ。その約束を守った証として、このカフスを渡してほしい。…薫くんに」

「お父さま!?」

「どういう意味か、それは彼に直接聞くといい」

マリコはすぐにも走りだしそうだ。

「待ちなさい。きちんと夜には帰ってくること。それは守りなさい」

「わかったわ!」

果たして本当だろうか…。
伊知郎は苦笑するしかない。
それでももう聞こえないであろう愛娘の後ろ姿へ言葉を送る。

「幸せにね。マリコ」



to be continued…


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