other half
新年も7日を迎えた、この日。
「行ってきまーす!」
勢いよく玄関の開き戸を開けたマリコは、そこに立っていた人物とぶつかってしまった。
「いたっ!」
てっきり郵便配達i員だろうと思ったマリコは、顔を上げて驚いた。
見覚えのない顔。
父親の来客かもしれない。
マリコは慌てて頭を下げた。
「すみません!」
「いえ、こちらこそ。マリコさん、怪我はありませんか?」
「え?あの、私のことをご存知なんですか?」
「もちろんです。随分と久しぶりですが…」
「おお!丸山くん、いらっしゃい」
声を聞きつけ、この家の当主、榊伊知郎が顔をのぞかせた。
「榊先生!ご無沙汰しておりました」
丸山と呼ばれた男は、日焼けした顔から白い歯をのぞかせた。
「元気だったかね?」
「はい、見ての通りです」
「立ち話も何だ。さぁ、上がりなさい」
「お邪魔します」
その時、二人の様子を見ていたマリコに伊知郎が声をかけた。
「マリコ。時間は大丈夫なのかい?」
「あ、いけない!お父さま、行ってきます!」
「気をつけるんだよ」
パタパタと小走りに出ていったマリコからの返事はない。
伊知郎は苦笑した。
「マリコさん、大きくなりましたね」
「ハハハ。丸山くんが知っているのは十ニ、三の頃だからね」
この丸山という男。
伊知郎の大学の教え子で、現在は同じ研究に携わる研究者である。
この日はアメリカ留学から戻った報告へやって来たのだった。
「それに女性らしくなられた」
「見てくれだけだよ。相変わらず、お転婆でねぇ。今日も友人と初詣だとかで、慌てていてね。あの調子だよ」
伊知郎は呆れたように笑う。
「友人、ですか…」
丸山は、先程のマリコの出で立ちを思い出した。
今日のマリコは淡桃色の生地に紅梅があしらわれた新春らしい着物に、白い毛皮のケープを羽織っていた。
銀糸の鼻緒のぞうりを履き、軽やかな足取りの彼女。
そんな彼女の隣に立つのが女性だとは、丸山にはどうしても思えなかった。
「土門少尉!」
マリコは待ち合わせ場所にたたずむ男性のもとへ駆け寄った。
「おまたせして、すみません!」
寒さに頬を赤く染め、息を弾ませるマリコ。
「いや。自分もさっき着いたところだ」
ぶっきらぼうな返事をしつつも、そんなマリコの可愛らしさに土門少尉は目を逸らせずにいる。
まじまじと自分を見つめる土門少尉に、マリコは戸惑う。
「あの、少尉?」
はっと我に返る土門少尉。
「…お参りに行こう」
「はい!」
二人は並んで石段を上り拝殿に向かう。
三が日を過ぎたとはいえ、まだ参拝客は多く、二人は本殿の前で列に並んだ。
少し待つ間、マリコは冷えた手を擦り合わせる。
すると。
ふいに。
その手を包む、大きな手。
マリコは恥ずかしくなって引き戻そうとするけれど、大きな手はびくともしない。
「あの………」
マリコは口籠ってしまう。
だって、本当は嬉しくて。
手も心もあったかくて。
ずっとこうしていたい。
だけど、そんな気持ちを知られてしまうのが……少し怖い。
もしかしたら、浮かれているのは自分だけかもしれない。
呆れられたらどうしよう…。
もちろん、そんな心配は杞憂だと判明する。
「こんなに手が冷えていたなら、もっと早く言ってくれれば…。しばらくこうしていてもいいだろうか?」
「は、はい!」
「もっとこちらに寄って」
ぐいっと少尉はマリコの肩を抱く。
ぴったりと寄り添う半身は、すぐにポカポカと温かくなる。
マリコはとても幸せだった。
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