おくる言葉
マリコはスマホを手にすると、意を決して、伊知郎のナンバーをタップした。
自分の答えを、そしてその理由も父に伝えなければならない。
数回のコール音の後で聞こえた声は、予想外に明るいものだった。
『もしもし、マリちゃん?』
「え?母さん??」
マリコは伊知郎のスマホにかけたはずだ。
『父さん、今お風呂なのよ。代わりにでちゃった』
ペロッと舌をのぞかせた母の顔が浮かんだ。
「母さん、もう大丈夫なの?」
『お陰様で、すっかり元気よぉ〜。ごめんなさいね、心配かけて』
「ううん。……あの」
マリコは予想外の展開に、また迷いが生じてしまっていた。
父に伝えようとしたことを、母に伝えるべきか否か…。
『そうそう!マリちゃん、もう一つ…ごめんね』
「え?」
『父さんに聞いたわよ。戻ってこいって言われたんでしょう?』
「知ってたの?」
『父さんてば、こそこそスマホをいじっては難しい顔してるんだもの。何か隠し事をしているってピン!ときたわ。だからね、問い詰めてやったの』
ふふん♪と得意げな母に、マリコは脱帽だ。
「母さん。あのね、私……」
『戻ってこなくていいわよ』
「え?」
『そりゃ、マリちゃんがそばにいてくれたら嬉しいけど。でも、残り少ない私たちの時間に付き合う必要はないわ。マリちゃんにはマリちゃんの人生があるんだもの!』
だからね、といずみは続ける。
『戻ってくる、なんて言ったら、母さん怒るわよ』
「母さん……」
マリコは母の優しさや強さを改めて感じた。
何て人だろう。
自分にはきっと一生越えられない、敵わない。
『あ、でも。孫ができたら、いつでも来てね♪』
「母さんたら!孫なんて無理よ」
笑って否定したマリコに。
『どうかしらね?あなたたち、案外いいお父さんとお母さんになると思うわよ』
『待ってるわよ〜』と勝手に締めくくると、プツリといずみの声は途切れた。