おくる言葉
「榊?」
「土門さん?」
屋上への扉の前で、二人ははち合わせた。
「早いな…」
「土門さんこそ」
「ちょうどよかった。お前に話があるんだ」
「あ、私もよ」
「そうか。とりあえず、外に出るか」
「そうね」
今日が始まり、まだ誰も足を踏み入れていない屋上の空気は澄んでいた。
「気持ちがいいわね」
「ああ」
二人は大きく息を吸った。
「土門さん、話って何?」
「お前は?」
「私は後でいいわ。お先にどうぞ」
「わかった。話す前に一つ聞いてもいいか?」
「何かしら?」
「お前の話は、横浜に戻るかどうかということか?」
「土門さん!?知ってたの?」
「昨日、榊監察官から電話をもらった」
「父さんから?」
「お前、お袋さんの発熱のことも俺に黙っていたな?」
「それは…心配、かけたくなかったから」
「そんなことだろうと思った」
土門は、ふぅーと溜息をついた。
「俺はそんなに頼りないか?」
「え?」
「お前にとって俺は何だ?俺は自分がお前の一番近くにいる人間だと思っていた。だが、どうやらそれは俺の独りよがりだったのかもしれんな。お前に悩みすら打ち明けてもらえないんだから」
「違う、違うのよ、土門さん。…怖かったの。何もかも曝け出して、頼り切ってしまったら、私は土門さんの重荷になってしまうかもしれないもの」
「それの何が悪いんだ?」
「え?」
「お前のすべてを背負う覚悟なんて、もうずっと前からできている。そういうことも含めて、俺はお前のそばにいると決めたんだ」
「土門さん…」
マリコは口を開きかけては閉じ、何かを言おうか言うまいか悩んでいるようだった。
しかし「実はね…」と重い口を開き始めた。
「父さんから京都に残りたい理由があるのか、って聞かれたとき、土門さんのことが一番に浮かんだの。もし土門さんと離れたら、朝も昼も夜も会えなかったら…。きっともう、私は榊マリコではいられない。土門さんがそばにいて、一緒に笑って、触れ合って、時には喧嘩もするけれど、その時間が今の私を作ってくれているんだわ。ね?私、もうこんなに土門さんに寄りかかっているのよ」
私が私であるために。
あなたが必要なのだと、マリコは言う。
「榊。俺も同じだ。お前がいなけりゃ、きっと刑事を続けられない。事件の途中で諦めたり、挫折したりしちまうだろう。何かあったときには、俺が必ずお前を横浜へ送り届けてやる。約束する。だから、ここに…俺のそばにいてくれ」
俺が俺らしくあるために。
お前が必要なのだと、土門も言う。
互いが互いを求め、必要としている。
それなら答えは一つだ。
二人は見つめあい、そっと小指を絡ませた。
この約束は途切れることなく永遠に続く。
赤い糸と同じように。