おくる言葉
その頃、ぼんやりと歩き続けていたマリコの足は一つの碑の前で止まった。
それは過去に殉職していった警察官たちの名前が刻まれた慰霊碑だ。
順に眺めていくと、権藤や落合といった仲間の名前が並んでいる。
一人ひとりの名前を見るたびに、マリコは胸が痛んだ。
そして、もう一人。
マリコは彫り込まれたその人物の名前を指で辿る。
なぜここに来たのだろう。
マリコにもわからない。
「私、戻らなくちゃ…」
マリコはもと来た道を引き返す。
だが、その時。
『榊くん。何を迷っている?』
遠くから聞こえた声は、幻か?
振り返っても何もない。
ただ慰霊碑が静かに鎮座しているだけだ。
「まさかね…」
再びマリコは歩き出す。
『お前さんの信じる科学は、常に答えは一つだ』
「木場さん!」
ついにマリコはその人の名を叫んだ。
「木場さん、私、どうすれば……」
全身の力が抜け、マリコはその場にしゃがみこんだ。
『お前さんの答えは決まっているんじゃないのか?』
その言葉を最後に、もう木場の声は聞こえない。
本当に木場だったのか。
悩むマリコが生み出した幻聴だったのか。
どちらにせよ。
あの声の言うとおり、自分の答えはもう決まっているのだ。
マリコは立ち上がる。
慰霊碑に向かって手を合わせると、一歩を踏み出す。
その足運びから迷いの色は消えていた。
伊知郎からの電話を受けた夜。
土門は夢の中にいた。
どこか知らない路地裏に迷い込んだらしく、土門は岐路の前に立ち尽くしていた。
自分が進むべき道はどちらだろう?
“あっちだ!”
頭の奥の方で声がする。
その声に従おうとするのだが、肝心の足が動かない。
心と身体のバランスを失い、土門は途方に暮れた。
『薫さん、何を迷っているの?』
「夕雨子?」
その名を口にした途端、雨が降り出した。
『あなたらしくもない』
雨音に混じって響く声は、確かに夕雨子のものだ。
「俺らしくない?」
頭上を見上げれば、土門の顔に雨粒がぶつかり弾ける。
『もう、答えは出てるんでしょう?』
「ああ。ああ、そうだな」
土門が答えると雨は止んだ。
雲が晴れた空は、夕雨子の笑顔のようだった。
ぐっと拳を握った土門は、迷うことなく左の道へと進んで行った。
そう。
答えは出ている。
マリコも土門も。
あとはそれを相手に伝えるだけだ。
二人は目には見えない何かに導かれ、翌朝、屋上へと向かった。