おくる言葉
定時を随分と過ぎた頃。
駐車場でマリコを待っていると、土門のスマホが鳴った。
着信相手の名前に、土門は少しばかり驚いた。
「はい、土門です」
『土門さん?ご無沙汰しています、榊です。すみません、突然に』
「いいえ。お久しぶりです」
『土門さん、今、少し話せますか?』
「はい」
『ありがとう。実は娘のことなんですが…何か相談を受けていますか?』
「いえ、自分は何も…」
『え?そう……ですか。母親のことも?』
「はい。どうかされたんですか?」
『あ、いや。熱を出しましてね』
「え!?」
『大丈夫。検査してもらったら陰性でした』
「そうでしたか…。榊はそのことを?」
『少し前に伝えました。私はてっきり土門さんには話していると思ったんですが』
「多分、心配をかけるからと誰にも話さないつもりだったんでしょう。あいつらしい…」
電話の向こうで、ふっと息の漏れる音がした。
『土門さん。娘のことをよくわかってくれているんですな。ありがとう』
「あ!いや、それは、その…」
急にしどろもどろになる土門に、伊知郎の笑い声が響いた。
『以前から、何となく…気づいていましたよ。二人のことは』
「榊監察官…」
『勘違いしないでください。私は二人の関係に口出すつもりはありません。もういい大人の二人だ。…なんて物分りのいいフリをしてもね、将来のことをどう考えているのか…そこは気になるんですよ。親バカだと笑われるかもしれないが』
「そんなことは…」
「ない」と土門には言い切れなかった。
それならどうするのか?、そう聞かれても、二人の答えはまだ決まっていないからだ。
『実は、少し前にマリコへ聞いたんです。横浜へ戻ってこないか、と。どうにも心配でね』
「!」
申し訳ない、と伊知郎は土門に謝罪した。
「いえ。監察官の思いも分かりますから」
『さっきの土門さんの言葉を借りるなら、あの子は心配をかけまいと誰にも話さず、一人で悩んでいるのかもしれませんな』
「……………」
『土門さん。以前も言いましたが…娘のこと、よろしくお願いします』
「……………」
声は出さず、土門はその場で深々と頭を下げると通話を切った。