おくる言葉
マリコは悩んでいた。
原因は、つい先日かかってきた伊知郎からの電話だ。
『まあちゃん、元気かい?』
「ええ。父さんと母さんも元気?」
『うん。ところで、今度のお正月は帰って来れそうかい?』
「あ、ごめんなさい。人手が足りなくて、連休は取れなかったの」
『そうかぁ。相変わらず忙しそうだね』
「仕方ないわ」
マリコはスマホを握ったまま苦笑する。
『ねえ、まあちゃん』
「なに?」
『横浜に帰ってくる気はないかい?』
「え?だからお正月は…」
『違うよ。こっちで一緒に、家族で暮らさないかい?』
「……急な話ね。何かあったの?」
『ううん、逆だよ。何もないうちだからこそ、話してみたんだ』
「どういう意味?」
『夏頃、新型ウィルスのせいで県外への移動が難しい時期があったよね。あのとき、母さんが言ったんだよ。「もしマリちゃんが感染しても、私は何もしてあげられない」って』
「でもそれは…」
『もちろん、隔離されてしまうから、会えないのはわかってるんだ。でも。たとえ会えなくても。自分の娘が苦しいときにはやっぱり近くにいてやりたい。着替えを届けるだけでもいいんだ。何かしてあげたいと思うのが親心なんだよ』
「父さん…」
『でね。それから、母さんと逆のことも考えたんだ。もし僕たちのどちらかが感染したらどうする、って』
「やめてよ。縁起でもない」
『だけど、今は誰が感染してどうなるのか、本当に分からない。考えておくことは必要だよ』
「それは……そうかもしれないけど」
『もし母さんが感染してしまっても、父さんがいる。でも父さんが感染したら?』
「……………」
『その時は、まあちゃん。君に母さんを支えてあげて欲しいんだ。今は新型ウィルスの心配ばかりだけど、父さんももう歳だ。いつ何が起きてもおかしくない。そんな時、母さんを一人にはできないよ…』
「だけど、すぐって訳には…。私にも仕事があるのよ」
『わかってる。科捜研の仕事を続けたいなら、神奈川県警の科捜研へ異動すればいい。まあちゃんほどのキャリアならどこでも歓迎されるよ』
「でも………」
マリコは言葉が続かない。
『それとも…。京都を離れたくない理由が、他にもあるのかい?』
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