野生の同盟
次に二人が『microscope』の扉を開いたとき、そこにスバルの姿はなかった。
「いらっしゃいませ。榊さま、土門さま」
「こんばんは、マスター。あの、スバルくんは?」
「その節は大変ご迷惑をおかけいたしました」
マスターはそう深々と頭をさげてから、「実は…」と語り始めた。
「スバルは最近、大学へ通っていなかったそうなのです」
「え?でも…」
「榊さまには嘘をついていたようです。サボっていたことが両親にばれ、進級に足りない単位を取得できるまでバイトは禁止になりました」
「まあ…」
今頃はレポートの山に追われ、さすがのスバルもマリコのことどころではないだろう。
「あいつにはいいクスリです。何事も片手間では、本気の人間に敵うわけがないのです。バーテンダーも、恋愛も」
マスターは二人を見る。
「すみません。どうぞおかけください」
二人は定位置のカウンターに腰掛けた。
すると。
「ニャア〜」
ふわりとカウンターを飛び越え、しなやかなシルエットがマリコの膝に着地した。
「オパール。こんばんは」
オパールはその場で丸くなる。
「おい、オパール」
土門が声をかけると、面倒そうに半目を開いた。
「たまには俺の膝に来ないか?」
「ニャァ?」
その返事は「はあ?」としか聞こえない。
オパールは完全無視を決め込み、マリコの膝から動く気配はない。
「何だ。ライバルがいなくなった途端に…冷たいやつだな」
「……………」
オパールは無反応だ。
「仕方ないな…」
土門はポケットを探る。
そして硬い何かを取り出した。
途端にオパールの耳がピクリと動いた。
「おい、オパール。協力してくれた礼だ」
土門の手のひらで燦然と輝くのは、超、超、高級猫缶。
「ウニャニャニャニャー♡」
今回も猫まっしぐら。
かくして。
土門にじゃれつくオパールという、世にも珍しい光景に、マリコとマスターは驚きに固まり。
そして顔を見合わすと、楽しげに笑い出した。
今夜もBar『microscope』にはいつもと変わらぬ時間が流れていく。
お一人さまには、静かに。
恋人たちには甘やかに。
しかし、看板猫だけは…。
「オパール、良かったわね。美味しい?」
「ウニャン♪」
はむはむと忙しそうだ。
fin.
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