野生の同盟
その晩、土門は一人『microscope』をおとずれた。
「いらっしゃいませ、土門さま」
いつもの席を勧めてくれるマスターに、土門は「いえ」と答えた。
「今夜は自分一人なので」
土門は一番端のカウンターに腰掛けた。
「失礼しました。では、オーダーは?」
マスターは心得、余計な詮索はしない。
「今夜はウィスキーを……ロックで」
「承知しました」
今夜の客は“おひとりさま”ばかりのようだ。
店内は流れるジャズと、マスターが削る氷の音だけがBGMになっている。
やがて、黄金色の液体に丸い氷の浮かんだグラスが土門の目の前に運ばれた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
カラリと心地よい音を響かせ、土門はグラスを傾ける。
「マスター」
「はい?」
「今夜、アルバイトの彼は?」
「今夜は友人と予定があるとかで、お休みをいただいております。スバルに何かご用でしたか?」
「いえ。ところで、彼はいつまでここで働く予定ですか?」
「スバルは、ゆくゆくはバーテンダーになりたいというので、大学卒業までは居させるつもりですが…。あの、土門さま、何か?」
「いや…………」
土門は、マスターに相談すべきか迷っていた。
そんな時。
「ニャァ」
「オパール?」
カウンターにひょっこり顔を出したのは看板猫。
「珍しいな、榊がいないのに」
「ウニャン!」
柔らかな肉球が、土門の手の甲をポテッと叩いた。
「ん?」
「ニャー」
ひと声鳴くと、じっと土門を見つめる。
「オパール?」
少しずつ虹彩が細く変化していく様に、土門は魅入る。
「オパール、お前…?」
「土門さま」
マスターの声が土門の思考を遮る。
「は、はい?」
「もしかして、スバルが榊さまに何か?」
土門は驚いた。
マスターも気づいていたのか。
「マスター」
低い声に何かを感じ取ったのか、マスターは頭を下げた。
「申し訳ありません。熱に浮かされた“はしか”のようなものだと思います。できるだけ、榊さまと接することのないようにさせます」
「あ、いえ……仕方ありません。そういった気持ちは理屈ではないでしょうし。自分も注視していきますから」
「はぁ。恐れ入ります」
「オパール」
土門はマスターに向けていた視線をオパールへと移動する。
「ニャ?」
「お前もわかってるよな?」
オパールはゴロゴロと喉を鳴らす。
「お前が俺のことを邪魔だと思うのは勝手だが、今回は榊のことを考えてくれ。そのうえで、俺に協力してくれないか?」
「……………」
オパールは黙って土門の話を聞いている。
「俺の目が届かないときは、あいつを守ってやってくれ。頼む…」
傍から見れば、猫相手に何を真剣に語っているのかと不思議に思うだろう。
しかし、上手く言えないが…オパールは普通の猫とは違うようだ。
それは土門も薄々感じていたことだ。
正体も何を考えているのかもわからないが、マリコを傷つけないことだけは確かだ。
土門はそこに賭けた。
「ニャン」
ペシッとオパールの足が今度は強めに土門の手を叩いた。
人ならば、それはまるで“グータッチ”のように見えただろう。