野生の同盟
それから数日の後。
「なあ、叔父貴」
「なんだ?」
「そろそろ俺にもカクテルの作り方、教えてくんない?」
「水割りもろくに作れないのにか?」
マスターは手厳しい。
「うっ。だってさ、やっぱシェイカー振る姿ってカッコいいじゃん。やってみてーんだけど」
「シェイカーを振る前に、酒の名前と特徴を覚えるのが先だ」
「んなこと言わずにさ。一度だけ!一度だけやってみて無理だったら、水割り修行に戻るからさ。頼むよ、叔父貴!」
「……………」
自分より遥か頭上から子犬のようなすがる目で迫られ、マスターは渋々承知した。
「仕方ないな。一度だけだぞ?」
「サンキュー」
「で、何を作りたいんだ?」
「マリコ」
「なに?」
「だからさ、この前の夜にあの女の人が飲んでた『マリコ』ってカクテル」
「スバル、お前……?」
マスターは嫌な予感がした。
スバルは瞳を輝かせている。
「作ってどうするつもりだ?」
「え?んー、上手くできたらあの人に飲んでみてもらおうかなぁ」
やはり…。
スバル本人はよく分かっていないようだが、マスターには甥の心の内が見えた。
「駄目だ。あのカクテルは榊さまだけのオリジナルカクテルだ。練習台にしていいものじゃない」
「なんだよ!別にいいだろ」
「駄目と言ったら駄目だ。練習ならギムレットかソルティードッグにしろ」
「……俺は!」
「言うことを聞けないのなら、カクテルは作らせない」
マスターは毅然と言い放った。
「くそっ!」
スバルはマスターを睨みつけると、布巾をカウンターに投げつけ、店を出ていった。
「まったく、あいつ…」
「ニャァ〜」
溜息をつくマスターの足元に、オパールがじゃれついてきた。
「オパール?」
「ニャァ〜」
マスターはオパールを抱き上げる。
「何か言いたいことがあるんですか?」
「ニャァ〜」
「………もしかして、お前は気づいていたんですか?スバルが榊さまに…」
「ニャン」
「そうですか」
マスターの表情には憂いの色が浮かぶ。
ほんの少し、俯くと。
いつもは綺麗にまとめられている白髪交じりの前髪が、ハラリと一房乱れて額に落ちた。
「何事も無ければいいが……」
だが残念なことに、そんなマスターの心配は現実のものとなってしまうのだった。