野生の同盟
「なんだ?楽しそうだな」
マリコの背後で耳慣れた声がした。
「土門さん!」
振り返ったマリコに、笑みの花が咲く。
「すまんな。遅くなった」
「ううん。お疲れさま」
「ああ。マスター、水割りを」
「はい。承知しました」
スバルは赤くなった鼻をさすりながら、突然現れた男を値踏みする。
マリコよりも年上なのは確かだろう。
背も高く、がっしりとした体躯をしている。
眼光も鋭く、どこかピリピリとした雰囲気をまとった男だ。
「隣に座っていいのか?」
土門は定位置にオパールがいるのを見て取ると、マリコに確認する。
マリコは笑って。
「オパール。土門さんに席を譲ってあげて」
オパールは土門を見上げ、四肢を目一杯伸ばしてからスツールを降りた。
「悪いな」
「ニャァ」
なぜか会話の成立する一人と一匹。
「お待たせしました。水割りです」
「ありがとうございます」
「ねえ、土門さん!」
マリコは、新しく仕入れたニュースを土門に教えたくてうずうずしている。
「なんだ?」
「あのね。こちら、マスターの甥っ子さんなんですって」
得意気にスバルを紹介する。
「ほう?」
「しばらくアルバイトとして働かせることになりました。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、よろしくお願いします」
マスターが頭を下げると、スバルも慌ててそれに習う。
「こちらこそ、よろしく。土門です」
「よ、よろしくお願いします」
土門の勢いに飲まれ、スバルはもごもごと挨拶を返した。
それからはカウンターの内と外で、それぞれの時間が流れていく。
スバルは後片付けをしながら、時おり二人の様子を盗み見た。
杯を重ね、マリコは酔が回ったのだろうか、頬がほんのり染まっていた。
やや蕩けた瞳で、土門と見つめ合っては楽しそうに微笑んでいる。
一方、土門のほうも先程までの厳しい雰囲気はなりを潜め、今は穏やかな表情を浮かべている。
マリコの話に相槌を打ち、時々マリコの頬にかかる髪を耳へとかけ直している。
そうされる度にこそばゆいのか…マリコは小さく首をすくめ、でも土門の手に頬を寄せる。
どうみても恋人同士の甘やかな時間。
スバルの目は、自然とマリコを追いかけてしまう。
その仕草さが、その微笑みが。
自分に向けられたものだったなら…。
スバル自身もまだ気づかぬその想い。
しかし、それに気づいた者もいた。
一人は土門だ。
刑事の勘に、恋する男の勘も合わさり、土門はすぐにスバルの危険な視線に勘づいた。
余計な芽は早めに摘むに限る。
土門はスバルを牽制すべく、マリコの腰を抱き寄せ耳元で話しかける。
ちらりとスバルに視線を向ければ、やはり険しい顔でこちらを見ていた。
そして、もう一人…それは人ではなく、もう一匹。
オパールだ。
オパールの七色の瞳には、触れ合う土門とマリコを凝視するスバルが映っていた。
「ニャァ……」
どの色とも定まらぬその瞳は、これから起きる出来事を予見しているのだろうか。
キラリと一際強く光を反射すると、もうオパールは目を閉じ、丸くなってしまった。