M to M
親族と友人数人だけの挙式をチャペルで済ますと、この後二人は別のレストラン会場で二次会の予定だ。
だが、これには土門もマリコも遠慮した。
新郎は気を遣ってか、しきりに義理の兄を誘うが。
「俺がいないほうが、お前たち羽根を伸ばせるだろう?」
ニヤリと笑われて、一瞬言葉に詰まってしまった。
「あははは!ほらな」
意地悪なようだが、これも土門流の思いやりなのだ。
それがわかっているマリコと美貴は互いに視線を交わすと、クスッと笑い合った。
「美貴ちゃん、そろそろ準備しなくていいの?」
マリコは壁の時計を気にしている。
「あ!本当ですね。お兄ちゃん、ちょっとこれ持ってて」
美貴はポンッと兄にブーケを渡す。
そしてずれたグローブを直す振りをしながら、ドン!と力いっぱい兄を突き飛ばした。
マリコの目の前に。
「おい、何すんだ!」
「マリコさん。私のブーケ、受け取ってください。付属品も一緒に」
土門とマリコは思わず顔を見合わせる。
「美貴ちゃん……」
「マリコさん。お願いします!」
花嫁は深々と
土門が美貴を大切に思うように、美貴もまた、兄の幸せを誰よりも願っているのだ。
マリコは胸がいっぱいになった。
ーーーーー 嬉しいのに苦しい。
この不器用な兄妹が愛おしくてたまらない。
マリコは一歩進み出ると、土門の手からブーケを受け取る。
「ありがとう。受け取るわ…随分大きな付属品だけど」
マリコは赤く潤んだ瞳で、土門を見上げる。
土門は何とも言えない表情をしていた。
マリコの返事に、美貴は数回パチパチと瞬きを繰り返すと笑顔を見せた。
「さてと。私、着替えてきま……キャァ!」
急に動いた美貴は、履きなれないヒールにバランスを崩した。
「美……」「美貴ちゃん!」
土門の差し出す手よりも早く、新郎が新婦の体を支えた。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
美貴は、しっかりと伴侶の目を見て頷いた。
「……………」
土門の人生の中で、一つの区切りがついた瞬間だった。
だが今は不思議と悲しいとか寂しいとは思わない。
むしろやり遂げたという晴れやかな気持ちが大きい。
そして、そう思わせてくれたのは……。
主賓が去ると、残された二人はその場に立ち尽くした。
「ブーケ、もらっちゃった…」
マリコは淡い色調でまとめられた可愛らしいブーケに目を落とす。
「花嫁からブーケをもらった人が次に結婚するのよね?」
視線は落としたまま、マリコは早口で言う。
声の震えが分からないように。
「ああ」
土門は俯いたままのマリコを抱きしめると、頬に手を添え、顔をあげさせた。
「これから美貴は、あの男へ幸せを与えることに忙しくなるんだろうなぁ」
感慨深げな土門の言葉。
マリコは黙って微笑んでいる。
『土門さんには私がいるじゃない』
声にならずもと土門には聞こえた。
「なぁ。お前は俺から沢山の幸せをもらっていると言っていたが…」
土門の指がマリコの頬をくすぐる。
「俺の方がもらっていると思うぞ」
「そうかしら?」
「ああ。だから、榊。俺は、もっとお前に幸せを渡したい。だが俺は不器用な人間だからな。いったいどのくらいの年月がかかるかわからん」
その言葉を聞きながら、マリコの大きな瞳はすでに涙で揺れていた。
「それでも付き合ってくれるか?俺に。受け取ってくれるか?俺からの……」
「土門さん!」
こらえきれず溢れ出した涙を拭いもせず、マリコは土門に口づけた。
「なんだ、またお前からもらっちまったな」
土門は涙の跡をそっと拭き取る。
「でも返してくれるんでしょう?」
「無論だ」
はじめはマリコから土門へ。
次は土門からマリコヘ。
幸せの往復便は途切れることなく続いていく。
やがて二人は手にするだろう。
抱えきれない程の大きな愛情を。
幸せを届けたい。
……貴方に。
……貴女に。
fin.
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