M to M
「そう。土門さん、良かったじゃない」
土門の話を聞き、マリコは心からそう思った。
「……………」
しかし土門は頷けずにいた。
マリコにも土門の複雑な気持ちはわかる。
早く幸せになってほしい、その想いに間違いはない。
けれど同じだけ、手放すことが心配で寂しいのだろう。
両親が他界してから、土門と美貴は兄妹で助け合って生きてきた。
頼れるのは互いだけ、そう思っていたのに…。
美貴が自分を置いていってしまう。
自分は一人きりになってしまう。
いざとなるとそんな風に様々な感情が渦巻いているに違いない。
「美貴ちゃんが選んだ人なら、きっといい人だと思うわ」
「……………」
未だ無言の土門に、マリコは小さくため息を吐いた。
『なんて大きな駄々っ子なのかしら…』
でも。
そんな姿を自分にだけは隠さず見せてくれることに、マリコの中で愛おしさが溢れた。
マリコは優しく土門の頭を抱きしめる。
その香りと柔らかさは土門に安らぎを与える。
「ねえ、土門さん。私、幸せって2種類あると思うの」
「……………」
「一つは両親や兄妹といった血の繋がった人にしか与えられない幸せ。もう一つはその逆で、他人にしか与えられない幸せ。父さんと母さんは私が生まれてから沢山の幸せを注いでくれた。だけど、それでも私には得られない幸せがあるわ。何だかわかる?」
「……………」
「それはね、土門さんが私に与えてくれる愛情よ」
ピクリと土門の肩が動く。
それでもまだ顔はマリコの胸に伏せたままだ。
「母さんよりも。父さんよりも。私は土門さんから沢山の愛情という幸せをもらっているわ」
ようやく土門が顔を上げた。
「幸せ……か?」
何だか一人取り残された子どものように不安な表情を見せる土門。
マリコはそっとその額に口づけた。
「ええ。幸せよ。とっても」
聖母マリアのように慈愛に満ちた微笑みを、マリコは土門へ向ける。
「だからきっと、美貴ちゃんも幸せに……………」
それ以上は言葉にならない。
降り注ぐ口づけの雨が、マリコを聖母から生身の女へと戻してしまう。
けれど、それがマリコには幸せなのだ。
マリコは土門の口づけに応え、二人はそのまま幸せを分かち合った。
数日後、美貴が連れてきた男は何とも………情けない男だった。
歳は美貴より3つ下で、背は高いがひょろりとしていて強風が吹けばよろめきそうだ。
しかも肝心の挨拶もおどおどした様子で何度も言葉に詰まり、散々だった。
『こんな奴のどこがいいんだ…?』
土門はしきりに首をかしげる。
それでも、言葉に詰まるたびに「しっかりしてよ!」と背中を叩きながら励ます美貴の笑顔は晴れやかだ。
お茶をこぼせば「あー、もう!」といいながら甲斐甲斐しく世話を焼く。
すると相手の男は「ごめん。ありがとう」と照れながらも美貴への礼は忘れない。
ともすれば、“なあなあ”にしてしまいがちなそれらの言葉や気持ちは、人としてとても大切なものだ。
確かに自分たちの世代と比べれば頼りない。
それでも誠実で、優しい人柄なのは土門にもよく分かった。
そして何より。
土門の目には、美貴がとても幸せそうに見えた。