M to M
♪♪♪
ステアリングを握っていた土門は着信に気づいた。
インカムで応対しようとしたが、相手が誰だか分かると仕方なく車を道路脇に停車させた。
「もしもし?」
『あ、お兄ちゃん?今忙しい?』
「運転中だ」
『ごめん。じゃあ、かけ直すね』
「いや。停車したから大丈夫だ」
『何よ…それなら始めからそう言ってよね!』
「あー、分かった、分かった。それで?何の用だ?」
通話を終えた土門は、再び車を走らせる。
しかし心ここにあらずといった様子で、前方を見据える瞳に意思はなく、ただ流れる景色を映しているだけだった。
土門がマリコのマンションを訪れると、非番だったマリコは夕食(らしきもの)を用意して待っていてくれていた。
「土門さん、先にご飯にしていい?」
「ああ…」
「ビールは?飲む?」
「ああ…」
「じゃあ、コップを出してくれる?」
「ああ…」
返事は聞こえるものの、物音一つしない。
訝しんだマリコがキッチンからソファを覗くと、土門はぼんやりと座ったままだった。
マリコは菜箸を置くと、リビングに向かう。
そして前触れもなく土門の膝の上に座った。
向かい合った格好で、マリコはふくれっ面をする。
「土門さん、聞いてるの!」
「あ?ああ。すまん…」
「もう、何を考え込んでいるの?事件のこと??」
私と居るのに…と、マリコは拗ねる。
「いや。これからお前をどういただこうかと思ってな」
土門は素早く両腕をマリコの腰に回し、ガッチリと抑え込む。
「うそ!」
「本当だ」
そういうと、土門はマリコの胸に顔を伏せる。
「こら!誤魔化されないわよ!」
「……………美貴がな」
「え?」
逃げ出そうと身をよじるマリコは、土門の言葉にぴたりと動きを止めた。
「美貴ちゃん?美貴ちゃんがどうしたの?」
「俺に……会わせたい奴がいるらしい」
「!?」
土門はぽつりぽつりと美貴との会話をマリコに聞かせた。
「あー、分かった、分かった。それで?何の用だ?」
『うん…。あのね、実はさ…………』
歯切れのいい美貴にしては、珍しく言いよどむ。
「仕事で何かあったのか?」
『あ、違うよ』
「それじゃあ、何だ?」
煮え切らない妹に土門が怪しみだした頃、思いもかけぬ言葉が降ってきた。
『会ってほしい人がいるんだけど………』
「……………」
『お兄ちゃん?』
「……………」
『お兄ちゃん?聞いてる?』
「聞いてる。それは、あれか?男か?」
『え?…そうだけど?』
「もしかして、男友だちが何かやらかして俺に相談したい、とかか?」
『お兄ちゃん。……本気で聞いてる?』
「……………すまん」
『できるだけお兄ちゃんの都合に合わせるし、本当に忙しかったら外で挨拶だけでもいいんだ。ダメ…………かなぁ?』
美貴が電話の向こうでどんな顔をしているのか、土門には手にとるように分かる。
小さい頃からずっと一緒にいたのだ。
その妹が、たった一人の家族である自分に会わせたい男がいるのだという。
考えるまでもない。
つまりはそういう意味なのだ。
「分かった。今すぐはさすがに難しい。後でこっちから連絡するから、それから日程を決めてもいいか?」
『うん。大丈夫』
「じゃあ、また連絡する」
『うん。……お兄ちゃん』
「何だ?」
『ありがとう』
「……………おぅ」
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