Trick or…?
ハロウィンを3日後にひかえ、土門は腕を組み悩んでいた。
眉間には深いシワが刻まれ、苦悩の深さが尋常ではないことを物語っている。
「ねー、ママ。あのおじちゃん…」
「いいから。行くわよ。見ないの!」
立ち尽くす土門を指差す我が子を、母親はそそくさと連れ帰る。
明らかに、不審者と認定されている。
それもそのはずだ。
土門の目の前には、仮装用のある商品がズラリと並んでいる。
そしてかれこれ30分近く、土門はその前に仁王立ちになったままなのだ。
正直にいえば、全部試してみたい。
しかし…。
悩みに悩んだ末、土門は3種類を購入した。
そしてハロウィン当日。
土門がマリコの部屋を訪ねると。
「ニャ〜」
「……………」
そこには見慣れたブルーグレーの毛並みと七色の瞳。
「ニャン!」
まるで「挨拶しろよ!」と催促するような鳴き声。
「あら?土門さん、お帰りなさい」
ようやく部屋の主が顔をのぞかせた。
「ああ。なんでオパールがいるんだ?」
「今夜microscopeは、貸し切りでハロウィンパーティーの予約が入っているんですって。お酒も入って仮装もしているから、驚いたオパールが暴れたら危ないでしょう?今夜だけ預かって欲しいって、マスターに頼まれたのよ」
「……………」
どよーんと土門は落ち込む。
オパールがいては、土門の計画がおじゃんだ。
すると土門の思惑を知ってか知らずか…オパールが土門の手にしていた紙袋を漁りだした。
「あ、おい、やめろ!」
ガサゴソと探っていたオパールは何かを咥えたまま、顔をあげた。
「え?猫耳?」
あまりに意外なものが出てきたので、マリコは土門の顔をまじまじと見つめる。
「あ、いや。仮装ほど大袈裟でなくても、雰囲気くらいは…と思ってな」
照れる土門に、クスッとマリコは笑う。
「かわいい猫耳ね」
マリコはオパールが見つけ出した猫耳のカチューシャを頭につけてみた。
アメリカンショートヘアの小さな耳。
すると突然マリコの様子に変化が起きた。
「土門さん、この袋の中…まだ猫耳があるわ。他のは誰に渡すつもりだったの?」
すぅーと、まるで猫のように目を細める。
「最近よく話してる交通課の若い女の子?もしかして、風丘先生?それとも、まさか詩津香さんじゃないわよね?」
アメショ耳のマリコが土門に詰め寄る。
「ご、誤解だ。榊」
「うそ!信じられないわ」
ツーンとマリコはそっぽを向いてしまった。
「本当だ。他の誰に渡すつもりもない」
多少強引にマリコを引き寄せると、さっきまでの憤りが嘘のようにマリコは大人しくなった。
しばらくそうしていると、ようやくマリコは落ち着いたようだった。
土門がカチューシャを外すと、正気に戻ったのか、マリコは恥ずかしそうに土門から離れた。
「ニャニャニャッ!」
ところがそれを待っていたかのように、オパールが別の猫耳を咥えてマリコに擦り寄る。
「なあに?これを付けるの?」
「ニャ〜」
今度はアニメキャラのようなトラ柄のタレ耳。
するとまたしてもマリコの様子が変化した。
「ねえ。そのネクタイはどうしたの?」
「ん?」
「見たことのない色だわ。誰からもらったの?どうして今夜は赤じゃないの??」
そういって唇を尖らせるマリコの瞳の奥には、小さな嫉妬の炎。
「これは美貴から誕生日にもらったんだ。赤じゃないのはたまたまだ」
「本当?」
マリコは土門を軽く睨みながら、ネクタイを指でもてあそぶ。
「ああ。本当だ」
土門はもう一度落ち着かせようと、マリコの頭を撫でた。
するとうっとりした様子で、マリコは土門に身を寄せてきた。
それどころか…。
踵を上げ、背伸びをしたマリコは、土門の顎や首周りに鼻先を擦り寄せる。
そうかと思えば、突然土門の耳たぶにパクリと齧りついた。
「うっ…」
“猫耳つきのマリコ”というビジュアルだけでもヤバイのに、これは……男として色々と限界だ。
「榊!」
土門が無理やりマリコを引き剥がすと、反動でトラ耳が外れた。
しかしマリコの手には、すでに最後のカチューシャがあった。
――――― スッ。
真っ白なふわふわ耳は、これまでのどの耳よりマリコに似合った。
マリコはじっと土門を見つめる。
まるでこの世にただ二人きり、時が止まってしまったかのように、二人は見つめあった。
土門は思わずゴクリと喉を鳴らした。
この猫耳カチューシャは、耳ごとに様々に特徴があり、『耳を着けたら、その特徴どおりに振る舞って遊んでみよう!』というパーティーグッズだった。
ジョークのつもりで土門は購入したのだ。
しかしどう見ても…。
マリコは猫耳の特徴通りの行動をしている。
例えば、アメリカンショートヘアの耳の特徴は…。
付けるとツンデレになります。
ご主人様の香りが大好きで、嫉妬しやすい性格です。
抱きしめてあげると落ち着くようです。
トラ柄タレ耳は…。
付けるとツンデレになります。
ご主人様にしてもらうブラッシングが大好きで、優しくされると誰にでも懐きます。
よくご主人様を甘噛みします。
といった具合だ。
そしてこの白い耳は。
いつもご主人様に付いて回って、他の人には興味がありません。
それだけではない。
この耳だけの最大の特徴…。
土門は恐る恐る白い猫耳に手を伸ばす。
そして、その耳を掴んだ…?
「ニャー!!」
しかしすんでのところで、ヒラリとマリコの肩に飛び乗ったオパールがカチューシャを弾き飛ばした。
床に落ちたカチューシャは見事に割れていた。
「……………」
土門は大きく肩を落とした。
白い猫耳だけの特徴。
それは…。
『猫耳が性感帯になっています』
「土門さん?どうしたの?」
これまでのことを覚えていないのか…我に返ったマリコは土門の様子を訝しんでいる。
「いや、コイツがな…」
土門はオパールを見て舌打ちする。
「オパール。何かしたの?」
「ニャァ?」
さて?と気まぐれな猫は素知らぬ顔だ。
ちょうどその時、オパールの鳴き声に重なってマリコのスマホが鳴った。
「あら?マスターからよ」
「ニャッ?」
「もうパーティーは終わったんですって。オパールどうする?帰る?」
「ニャン!」
これ幸いと、オパールはあっという間に玄関の扉の前まで走っていく。
「気をつけて帰るのよ」
マリコがドアを開くと、オパールは細長いしっぽを揺らした。
「今夜は満月なのね…」
マリコは夜空を見上げる。
その様子を見ていたオパールの瞳が月光を反射して煌めく。
「ニャ~」
律儀に挨拶したのだろうか。
オパールは闇夜に溶けていった。
玄関の二重ロックをかけると、マリコは土門のもとへ戻ってきた。
「ね、土門さん」
「何だ?」
「Trick or Treat?」
「あ!」と土門は声をあげた。
猫耳を選ぶのに夢中で、食べ物にまで頭が回らなかった。
「私ばかりイタズラされて…土門さんにもお返しよ?」
いたずらっぽく微笑むマリコ。
「なに?」
もしかして、猫耳マリコはわざとだったのか?
それとも七色の瞳がかけたハロウィンの魔法か?
本当のことは分からない。
窓を背に立つマリコの後ろには、大きな満月。
月に代わって。
土門にはマリコからの甘いお仕置きが待っている。
fin.
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