紅葉伝説殺人事件
マリコからの話を聞き、「なんですってぇ!!!」と声を荒げたいずみだったが、娘と友人になだめられ、しぶしぶ警察署へ向かうことを承知した。
「川村さん、ありがとうございます。助かりました」
「いいえー」
「あの、川村さんは怒らないんですか?」
「怒ってますよ。でも殺された人、また若い人なんでしょう?そんな話を聞いたら、何だかやるせなくなってしまって…。事件解決のお役にたてるなら、と思ったんです」
「川村さん…」
「また根掘り葉掘り聞かれて、疑われるのはうんざりだけど!」
川村は怒った振りを見せたかと思うと、にっこり笑う。
決して美人ではないが、人好きのする魅力的な女性だ。
3人が長野中央署につくと、すぐに千津川と鶴井の待つ会議室に通された。
「何度もご足労をありがとうございます。早速ですが、被害者です。面識はありますか?」
『遺体の写真だろうか…』といずみたちは恐る恐る覗き込むが、生前の写真だった。
ロン毛の金髪。
細い眉。
左耳に3列に並んだピアス。
反社会組織の構成員というより、半グレの若者といった様相だ。
「いいえ、知りません」
「私も知りません」
「この男の遺体の側に置かれていた例の本…。こちらから、川村さんの指紋が検出されました」
ある程度予想していたのか、誰も声を発することはなかった。
「あの……」
その中で、マリコが遠慮がちに手を上げた。
「何ですか?」
「1人目の被害者、富士川さんの側に置いてあった本は、誰のものなんですか?」
「ああ。そうですね。ご家族に確認したところ、いつも本人の書斎にあったそうです」
「そうですか。…あの。その3冊の本、見せていただけませんか?」
刑事二人は顔を見合わせる。
たとえ科捜研の人間でも、マリコは長野県警にとっては部外者だ。
おいそれと遺留品を見せるわけにはいかない。
いかないが。
千津川は、これ以上の連続殺人はなんとしても阻止したい。
それに1件目の事件はすでに膠着状態だ。
何か、何か現状を打破する一撃が欲しい。
マリコなら、捜査員とは違う視点から自分たちが見つけられていない物証をみつけてくれるかもしれない…。
「いいでしょう」
千津川は自らの責任において、マリコの依頼を承諾した。
「鶴さん」
心得た鶴井は遺留品を取りに鑑識課へ向かった。
長机に並べられた3冊の本を、マリコはじっくりと観察する。
手には常に常備している専用の白手袋に、ルーペ。
他にもオリジナルの採取セットなども持ち歩いているようだ。
その熱心さに、千津川は舌を巻いた。
3冊の本は確かに同一のようだ。
書名、著者名、出版社などはもちろん、サイズや装丁も一致する。
しかし本自体の汚れや劣化には1冊目と他の2冊では肉眼で分かるほどの差があった。
1冊目はいわゆる美本だ。
いずみと川村が持っていた本は、角にシワがついていたり、紙の端が黄ばんだりしている。
マリコはそれぞれの本の奥付を確認した。
「あら?」
「どうしました?」
「この本は図書館の所蔵品なんですか?」
マリコは美本の裏表紙に押下されている印に気づいた。
「あ、そうなんですよ!」
鶴井が答える。
「何でも研究の参考文献として使用したいからと、図書館から長期貸し出しを許可されているのだそうです」
あとの2冊は、裏表紙の端に金額が鉛筆で記されている。
これらは確かに古本屋のものだろう。
「図書館に所蔵されているこの本は1冊だけでしょうか?」
「え?」
「もし図書館にこの1冊しかないなら、他の人は借りられませんよね?だったら、図書館にもう何冊かあるのかと気になったんです」
「ふむ。それが事件と関係が?」
「それは分かりません。ですが今回の事件にこの本が何らかの理由で関わっていることは確かだと思うんです。犯人が殺害された人の数だけ本を用意しているのなら、この本があと何冊あるのか、調べる価値はあると思います」
正直、二人の刑事にとってそこは盲点だった。
「分かりました。図書館で調べてみましょう」
「あの、私も連れて行ってもらえませんか?」
「だったら、自分も同行させてもらいます」
ふいに割り込んだその声に、マリコは振り返る。
「土門さん!」
その声には隠しきれない嬉しさが滲んでいる。
「遅くなってすまんな。千津川警部、お招きありがとうございます」
千津川は破顔すると、『鬼女に出会うかもしれませんよ』と脅す。
しかし。
「警部。ここにもう天女がおられますから!」
鶴井のツッコミに男三人は含み笑う。
そしてマリコは…ただ首を傾げるばかりだった。